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2008年10月

10月31日 森永卓郎の本を少し読みました。

昨日書いたアメリカの補正の話ですが、どうやら打つことを検討しているようです。特に、議会で多数を占める民主党は、積極的に動いているようです。それに関しては、ブッシュも前向きだと新聞に書いてありました。なぜ今なかなか補正を打たないのかというのは、もう2月に所得減税かなにかをすでにやっているんです。当時のレートで20兆円ぐらいですから、かなりの額の減税をすでにやっているので、動き出しが鈍いようです。中身は、公共事業中心みたいなことが書いてあったような気がしました。ということは、きちんと私達が考えるような考えで、しっかり景気対策を打つことになるようです。それと、アメリカは金利を下げることになりました。私はこのあたりは詳しくありませんが、昔の日本と同じように量的緩和をかなりしていくということのようです。こういったものはどういうことなんでしょうね。日本では、量的緩和の議論というのは、かなりあったと思うのですが、あれはデフレの時にかなりやった議論なんでしょうか。インフレターゲットだとか、昔はよく聞きましたが、最近はその話を聞かないので、デフレを落ち着かせるまでの議論だったということなのでしょうね。ただ、アメリカは今はデフレではないので、当時の日本の議論とは違うんだと思います。そのあたりがよく私にはよく分らないのですが、アメリカでのものは、単なる量的緩和なんでしょうね。しかし、このへんの政策というのは、私などには難しくて分りません。金利を下げるというのは、本来投資に向かわせるものだと思うのですが、日本で行われていた議論というのは、市場に資金を流せば、インフレになるというものだったはずです。ただ、アメリカはどちからといえば今インフレなんじゃないかと思うのですが、そのあたりはどういうふうに考えればいいのでしょうか。なかなか同じことをやっているとは言うけれど、実際日本がデフレだった時とは、情況が違うと思います。ただ、景気が悪くなりそうなので、金利を下げているだけでしょうね。日本での議論では、木村剛とかは、量的緩和をしても、市場に出まわった資金が、日銀に戻ってきているとか、国債を買っているので、そんなことをしても意味がないといっていたような気がします。私は、ここ何日間か森永卓郎の本を読んだのですが、それを読むと、量的緩和をしたから、日本は経済が良くなったのに、それをやめてしまった途端に経済が失速したとかいてあったので、このあたりがその後どういう風になって、どういう結論になったのか私には分りません。ただ、森永さんがいっているものは、デフレの時代からの延長戦のような話ですから、また本来は違う視点が必要なのかもしれないし、それとは別に、デフレが収まってもそれでも量的緩和なのだということなのだとしたら、こういったものを判断するのは並大抵ではないできないという感じがします。しかし、私は森永卓郎の本を読んで、意外とまともな人間で驚いています。彼は、冷やかしのような存在でテレビに出ているのかなと思っていたのですが、しかし、そうではなく、昔から小泉改革の批判をしていたので、今持ち上げられるのは、当然といえば当然なんだと思います。それに、一つ一つの判断がきちんとしているというか、読んでいても分りやすく分析しているところもあります。私は、インターネットで100円しかしないので何冊かかっただけなのですが、暇つぶし以上の価値のある本でした。それと、いくつかの分析で正しいというか、日本ではあまり見かけない話も書いてありました。VANというのは、付加価値通信網のことをいうそうですが、これがITの原型だと書いてありました。販売状況が回線を通して、メーカーに送られるものをいうのだそうですが、コンビニなどがそういったシステムを使っていたということだと思います。私も、これは正しいと思います。私の持論でも、ITというのは、日本発のもので、決してアメリカが作り上げたものであるとは思いません。そもそもは、日本の80年代のオートメーション化によるものであるといっていいと思います。日本は、家電などにコンピューターチップをどんどん埋めこんでいって、世界中に売りまくったわけですが、この流れの中で、オンラインシステムができあがっていったと考えるのが、正しいと思います。コンビニの発注もそうだし、銀行のATMのようなものもそうです。コンピューターをオンライン化したのを日本はビジネスではすでに使っていたのです。それを個人のパソコンで繋いだのが、インターネットです。恐らくですが、アメリカ人が日本人がビジネスでオンラインシステムを使っているのを知って、それならば、個人のパソコンを繋ごうと考えたのがインターネットだったのではないでしょうか。日本人は、オンラインシステムをビジネスでは使っていましたが、なかなか個人のパソコンをつなごうという発想にはならなかったのだと思います。ただ、もちろん、インターネットというのは、日本人には目新しいものであり、今までにないビジネスもそこに生まれたわけでが、あの時にはやったIT革命という言葉は、単なる表現だけのものでしかなかったといっていいでしょうね。なぜなら、IT革命というのは、森永さんの言うVANであって、そんなものは日本人はもうすでに使っていたからです。アメリカ人にいわせれば、IT革命はアメリカ人が起こしたものであり、そのプライドも高いのだと思いますが、しかし、実際にアメリカ人が作ったのは、コンピューターであって、オンラインシステムを使い出したのは、日本人であったと言っていいと思います。もちろん、その原型がなんであったとかという話になれば、いろいろあるのも事実だとはおもいます。UCLAかなんか知りませんが、コンピューターを繋いだのがインターネットの始まりとされていると思いますが、しかし、実際に使い始めたのは日本人であったということだと思います。ただそれは、ビジネスにおける情報処理として使ったのであって、個人の通信に応用はされませんでした。ただ、考えようによっては、コンビニの発注などは、電話線でやっていたわけですから、ビジネスで使うよりも早く、個人のパソコンを繋ぐ方が先であってもおかしくなかったといえるかもしれませんね。森永さんの本では、こういったのは、政府の方針でやっていたようなことも書いてありましたから、官僚というのも、昔はやはり力があったと考えていいようです。しかし、官僚が作り上げた経済指針であるとするのなら、どこかにその原型はあるはずで、恐らくそれはアメリカにあったのかもしれません。理論としてあったものを現実に使い始めたのが日本人であったといったあたりが事実でしょうね。官僚がこういった事を思いついて、それを政策として打ち出すだけの力があるはずがありません。もしあるのだとしたら、今の日本がこれほど困るはずがありません。コンセプトはアメリカにあって、それを実用化したのが日本であったということでしょうね。おそらくですが。ただ、それでも光ファイヴァーまで日本はしくことを政策にしたわけですから、単純に彼らを馬鹿にすることはできません。光ファイヴァーは日本が発明したものであったと思うのですが、もしそうだとするのなら、コンセプトの原型は確かにアメリカにあったかもしれませんが、しかし、それを進化させるだけの発想も日本の官僚にはあったことになります。もちろん、それでは今の日本の実態はなんなのだという思いもあります。やはり、どこかに官僚の限界というのがあって、それを今は越えてしまったのでしょうね。それ以外には考えられません。彼らは、なにかを発明したり、コンセプトを生み出す力というのは、かなり限定されている人達のはずで、しかし、その中に、僅かながら優秀なコンセプトを生み出せる人材がいたということなんだと思います。企業との関係や世界中からの産業の情報をうまく分析して、新たな提示をするのが彼らの役目だったのだと思いますが、しかし、産業が育てば育つほど、そういった情報収集というのは、企業そのものがするようになり、必ずしも、官僚に頼る必要がなくなってしまったんでしょうね。そういったなかで、官僚の存在の重要度が落ちてきて、今となっては、社会の負担とまで考えられるようになってしまったんだと思います。こういうのはいろいろな世界にもあります。結局は、構図が変わっていく中で、存在価値が落ちていき自分たちの役割の再定義ができないまま、その利権だけを温存するしかない立場に追いやられてしまったというのが、今の官僚の立場ということになると思います。ということは、官僚をどう考えるのかというのなら、彼らの存在の再定義ですね。そこをどうするのかということだと思います。それができなければ、彼らにとっても不幸ですし、日本という国家にとっても不幸です。その際定義をした上で、あなたは官僚になりますか、それともなりませんかというのを、官僚を志す人間には問わなくてはいけないのだと思います。今官僚を志す人が少なくなったとか、質が低くなったとかいわれていますが、もしかしたら、彼らの中には、まだ昔の官僚と同じような志でなろうとしている人もいるかもしれません。私は、ある意味それは気の毒であると思います。官僚を目指すのなら、官僚がなんであるのかを、彼らも理解しなくてはいけないはずで、彼らの思いと、社会の評価があまりにもかけ離れている現実というのは、何とかしなくてはいけないと思います。あくまで、役割を理解した上で、気持ち良く官僚にも働いてもらのがいいと思います。そのためには、やはり再定義というのが欠かせないでしょうね。なぜ官僚がこういう立場に追いやられたのかを理解するのが一番大切なのだと思います。

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10月30日 首相が追加景気対策を発表

麻生さんが追加経済対策を発表しました。事業規模で27兆円だそうですが、財政支出は5兆円だそうです。特別会計から出すと言っています。私はこのあたりがよく分りません。中小企業向けの政府保証とかが入っているのだと思いますが、それでも27兆円と言うのはどういう計算になるのか、ちょっと書いてあるのを読んでも分りません(政府保証を21兆円するそうです。その保証金が一兆円ぐらいと言うことだと思います)。ただ、これとは別に、また2次補正というのがあるのでしょうか。そうなると、まだ経済対策の本当の意味での規模と言うのは、はっきりわからないと言っていいということなんだと思います。第2次補正の議論の中で、解散はあるかもしれないと麻生さんはいっているようです。民主党の、鳩山幹事長は、究極のばら撒きだと言って批判しています。これは、定額給付金のことだと思いますが、しかし、それはそれで、本当の戦いが2次補正にあるなら、たいした問題でもないと思います。ただ定額減税ではなくて、給付金にしたのは、よかったと思います。みんなが使うか使わないかは別として、定額減税と言うのはなんの効果もないのは分りきっていますが、給付金となると貧乏人もいますから、なにかに使うということは、年末ですからあると思います。以外とこれが効果があったりしたら面白いかもしれません。今の時代は、配られたら使う人は間違いなくいます。考えようによっては、富裕層からのプレゼントみたいなものなのではないかと思います。定額減税となると、税金を払っていない人にとってはなんの得もないし、それが消費に回ると言うことは考えにくいと思います。それに比べると、給付金というのは、所得のある人というのではなく国民全員にというのなら、これは所得のある人からの所得のない人へのプレゼントになります。ただ、結局は税金を払っている人の負担ということですから、みんなで返さなくてはいけないわけですが、どっちにしろ、所得のない人は、返す側に回る可能性もほとんどないので、所得のある人から貧乏人へのプレゼントになるというのは間違いがありません。となると、使う人が増えるのは間違いありません。所得のある人が、所得のない人へプレゼントしているわけですから、所得のある人は、貯蓄に回す余裕もあるかもしれませんが、貯蓄がなければ、使う方に回るだけです。貧乏人は、あるだけは使いますから、給付金は間違いなく使われることになります。富裕税と言う話がありましたが、貧乏人からしたらそれと同じと言うか、それ以上にうれしいばら撒きですね。ただ、これがどこまで効果があるのかは分りません。しかし、メディアや民主党がいっているほどは馬鹿にはできないと思います。今の時代だからこそある程度使う人間がいるのは、間違いないからです。もしかしたら、公共事業による経済効果以上の効果があるかもしれません。もちろん、公共事業は公共事業で必要なものを作ればそれはそれでかまわないし、必要であればあるほど、経済効果はあるわけですから、給付金と比較するものではありません。しかし、今までのただ予算を使いきるための公共事業に比べれば、もしかしたら今回の給付金の方が経済効果があってもおかしくはないと思います。おしいのは、これを民主党が馬鹿にしていることです。定額減税よりはよかったぐらいのことを言ってもよかったんじゃないでしょうか。もしこれがあたったら、言訳できません。政権交代をするためにも、民主党はもう少し中身を理解する力を持たないといけないと思います。しかし、これが効いた場合、これからも給付金に類した政策と言うのが出てくるはずです。もともと、日本の不景気の原因に、低所得者層が増えたと言うのがあるわけで彼らの消費能力の限界も経済には大きな影響を与えてきたわけです。そこに、給付金と言う形になりますが、実際は所得移転のようなものです。昔の、格差がなかった時代のほうに近づいている政策といっていいと思います。もちろんこれ以外では、富裕層から税金を取るという方法も同じようなものであるわけですが、給付金というのは、それが富裕税という一部にかぎったものではなく、もっと全体的な所得移転であるということになります。もし、これが効けば、更に富裕税にいくべきだと思います。結局は、昔の日本の経済の方が、消費能力を増やすのだとしたら、それにこしたことはありません。こういった事を考えると、政策というのは何がいい方に転ぶのさっぱり分らないという面はあります。これはでも、私の直感では、富裕税も含めると、いい政策になるような気がします。景気が悪くなったら、給付金を配って所得移転をして消費を増やしてもらう。それで一時的にも景気が上向くのなら、こういった危機の時には、有効であるということになると思います。ただ、常態化するとなると、富裕層から富裕税を取って、低所得者層から税金をとらないということになります。今は、私もこれに関しては、判断が付くほど考えていないのでなんともいえませんが、しかし、もしかしたら新たな税制として、有効であるかもしれません。もう少し考えてから、またこれに関しては書きたいと思います。それと、麻生さんは、消費税を3年後に上げるといっていますが、これは勇気のある発言だったと思います。こういった発言をされると、自民党を応援したくなってしまいます。民主党は、本当に分っているんでしょうか。今自民党がやろうとしている政策や消費税に対する姿勢は、間違いなく民主党を上回っていると思います。もちろん、高速道路の無料化や暫定税率の廃止などは民主党の方が圧倒的にいいと思いますが、消費税は、いつかは上げなくてはいけないものです。それに、今回の給付金も低所得者層への所得移転と考えるのなら、常識を覆して効く可能性はあると思います。ここにくると民主党の方が中身が劣ってきたような気がします。今回の給付金は苦し紛れの妥協案みたいなものではあったかもしれませんが、これにどれだけの可能性があるのかを考えると、続けて自民党にやらせたくなってしまいます。それでも私は、政権交代の方が財政や景気を考えるといいと思うので、民主党を応援しますが、中身で明らかに差が出てきた感じがします。民主党も、もっと政策能力で勝負しないと、政権は本当に取れないと思います。そういった意味では、今回は自民党に民主党はやられたのではないでしょうか。もともと政府保証というのも、民主党の案ではないし、なかなか与謝野馨はやりますね。今回の給付金というのも彼が考えたのだとしたら、政策能力は抜群かもしれません。ただもともとは、やりたいとは思っていなかったとは思いますが、それを簡単に有効な政策に代えてしまうというのは、かなりの力がないと出来ませんね。このあたりの事情と言うのもそのうちでてくると思うので、誰の思いつきでやることになったのか、そしてその発想の裏付けはいったいなんであったのかを早く聞いてみたいと思います。ただ、これがうまくいくと限っているわかではないですから、成り行きは見てみないと分りませんが、2兆円で面白い実験ができるのではないでしょうか。もちろん、それを上回る不景気が日本を襲えば、そんなものの効果などあるのかないのかすらわからなくなってしまいますが、不景気もある程度でおさまれば、効果を見極めることは可能だと思います。そのためには、株価が上がっていくかどうかですが、アメリカに早く補正を組んで欲しいですが、大統領選挙をやっているので、そこまではブッシュはできないということでしょうか。ただ、日本の補正よりもアメリカが補正を打たないと、世界経済は大変なことになるはずで、株価が落ちればひどいことになるアメリカがぼやぼやしているのは本当に分りません。意外と落ち着いているというか、世界的に甘く見ている感じがします。BBCでも財政出動は必要かもしれないが、将来につけを残すのはよくないというようなことを言っていました。意外ですが、補正を一生懸命やっているのは、現段階では日本だけということかもしれません。しかし、これはどういうふうに出るんでしょうね。アメリカはマイナス成長だといっているのにもかかわらず、大きな補正を組んだという話はまだ聞いていないような気がするのですが、いったいどうなっているんでしょうか。たいした、損害がないといわれてきた日本が補正を組んで、マイナス成長だといってこれからもっと悪くなるんじゃないかと言われているアメリカが補正を組まないというのは、私には信じられません。それも、イギリスも似たような感じなので、一体全体どうなっているのか理解ができません。もちろん、株価が上がればすべてこの問題は解決するわけで、そっちをなんとかしようという考えなのかもしれませんが、それでも、景気対策というのは、保険です。必要以上に悪くならないためのものです。悪くなったら、また更に膨大な補正を組まなくてはいけないのは、私は常識だと思うので、今世界でまともなのは日本だけのような気がします。とにかく、日本の政治というか、政策は今までと違って、動いてきました。今までは、本当になにもしない、なにもできないという感じでしたが、これならば、新たなものが生まれる可能性があるような気がします。とうとう、なにもしない日本が動き出したと考えていいのではないでしょうか。

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10月29日 自民党の政策

私は普段政党の政策などあまり気にしていないので、どういったものを公約にしてきていたのかというのは正直あまり分りません。ただ前から民主党がよく自民党が民主党の案を横取りばかりしているみたいな話をしていましたが、日曜日のサンデープロジェクトでしたか、確かに、自民党の案は民主党の案に酷似していました。民主党のお株というわけではありませんが、高速道路の無料化に関しても、ほとんど同じと言っていいような案を平気で出してくるようになっていますね。もともと高速道路の無料化は、メディアではこっぴどく悪く言われていましたが、自民党もそれ以上に槍玉に挙げていました。それをここまで、かっぱらうというのは、みっともないというか何でもありなのだということのようにしか見えません。他にも、子育て支援か農家への援助だったかそのあたりもかなりパクリ気味でした。それで、今日はETC装着限定で1000円で、休日に走り放題というなんかあまり効果があるのかないのか分らないような中途半端なものを出してきましたね。ここまでするんだったら、無料化の方がわかりやすいと思います。もちろん、休日にどこまでも走り放題なら経済効果もあるはずですが、それよりも考えなくてはいけないのは、平日の長距離輸送への配慮のほうが絶対効果があると思います。日本の高速道路というのは有料ですから、実際なかなか民間企業がつかえるものではありません。コストの面で、制限されているのは、テレビなんかでもよくやっているのを見ればわかります。これを何とかしないで、休日のレジャーや買い物に使ってもらいたいというのは、なかなか理解しずらいですね。今まで私がいってきたことというのは、今ある高速道路の無料化などではなく、日本の国土の非効率を改善するためのものですから、高速道路をどんどん作っていくべきだというものです。これは、何回も書いているので、それを読んでもらえればわかると思います。民主党の案だと、新しくどんどん作っていくのかどうかはわかりませんが、それでも、今回の自民党の大幅な料金削減で効果が認められれば、無料の高速道路をどんどん作ろうということになる可能性はかなりあるんじゃないでしょうか。ただ、民主党は恐らく、抜けているというか、きちんとした、シュミレーションはできていないでしょうね。どこに入り口を作って、更にその付近では、車線も大幅に増やさなくてはいけないはずで、そんなに簡単に無料化はできませんよね。そのための準備というか、専門化も交えた企画にきちんと仕上げなくてはいけないはずですが、そのあたりはどうでしょうか。ここをきちんとやっていないで、無料化などといっているのだとしたら、アホでしかありません。政権を取ったらすぐに自分たちの案を実行しなくてはいけないのですが、そのための準備というのが全くなされていないのでは、なんの説得力もないといっていいのではないでしょうか。もしやっていないのなら、今からでも遅くはないですから、始めるべきだと思います。もうこの話は何年も前からしています。もちろん、ある程度までは民主党もシュミレーションはしているはずですが、どこの車線をどれだけ増やすということを今の段階で考えていれば、それを実行する時にほとんど時間がかからず土地の買上げや工事に移れるはずです。民主党は政権についていないわけですから、こういったシュミレーションはいくらでもする時間はあったはずです。それなのに、ほとんど手をつけていないというのでは、彼らは少しやはりぬけているとしかいいようがありません。このあたりでも自民党との差をみせないと、無条件で誰もが民主党にというほどには成らないような気がします。もちろん、自民党の政策なんてのは、私達を馬鹿にしているといっていいものでしかないわけですが、それでも民主党はパクられたパクられたと言うだけでは、政権は取れないと思います。政権交代と言うのは、健全な財政を築くためにも、経済を成長させるためにも必要なもので、戦後日本の場合は、ほとんど政権交代が起きていないわけですが、その関係でとてつもない負債を日本は現在抱えています。それに、経済成長もいざなぎ景気を超えたと言う割りには、ほとんどの人がその恩恵に預かっていないと感じる程度のものです。それに今は金融危機で先が見なくなっているわけですが、それでも民主党の追加景気対策などをみると、自民党と比べてもはるかにいいものであると思います。ただ、それを現実にするための思案の充実みたいなものを感じないのが残念です。そこが、政権を取れるか取れないかの分かれ目なんじゃないでしょうか。自民党と同じ程度のことしかできないのでは、次ぎの選挙も、自民党にやられてしまうような気がします。民主党が政権を取るためには、これらのことを実行に移せる人材がいることを見せつけることです。そのためには、自分たちの思案を実行に移すためのシュミレーションに力を入れるべきだと思います。政権を取ってから、政策を実行に移すまでに時間をかけている余裕など日本にはありません。どんどん出きることは、すぐにやる体制を整えておく必要があると思います。そういったものを、あまり感じないというのが民主党にはありますね。人材がいるのかいないのかがみえてきません。主体的にそういったことに力を注ぐ若手もいないのかもしれません。ただ、それでは政権と言うのは取れないものなのではないでしょうか。自分がやるべきことを自分で見つけて、新しい提案をどんどん出すような人間がいないと難しいような気がします。自民党がそういったところがないのは当然です。民主党の案をパクっているぐらいですから、彼らにはもはやそんな力はありません。それでも、だからといって民主党からそれに代わる政策というか、いろいろな案が出てきているようにも思わないんですよね。政策のチームみたいなものをもっときちんと作って、それを実行に移すためのチームも更に作ったらどうでしょうか。案を出し合う場というのはあるのでしょうか。そういった活気があるように見えないというか、政権を取ることしか見えてないように思います。本当に私達を納得させるためには、政権がほしいという気持ちよりも、政権を取る準備は怠っていませんという姿勢のような気がします。そういった意味では、まだ民主党が政権を取れるだけの力がないといえるのかもしれません。アメリカの選挙などはまだわかりませんが、人気だけでは大統領などにはなれないのは見ていてもわかります。テレビ討論で、政策論争になった途端にそれまでの流れが全く変わってしまいました。今回は、金融危機というのがあったからなのかもしれませんが、それは日本も同じですから、政策に力を入れていれば、いつかは政権が取れます。とにかく民主党には、もっと、多くの案を出してもらって、それを実行に移す準備にもっと力を入れて欲しいと思います。

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10月28日 フィナンシャルタイムズやニューヨークタイムズでは規制に反対だそうです。

驚くというより、そうだろうなとしか思いませんが、フィナンシャルタイムズもニューヨークタイムズも今回の金融危機に関して必要以上の規制には反対だということのようです。イギリスでは、ブラウン首相がこの金融危機で支持率が上がり、規制強化に積極的なはずですが、こういった報道があれば、それも尻つぼみになるのは、間違いないのではないでしょうか。結局は、正しい市場よりも、フィナンシャルタイムズですら、この後に及んでも、自らの生存を優先する判断しかできていないということになると思います。これは、これらの新聞が社会的な信頼度が高いからといって、必ずしも無条件にこれらの新聞を信頼してはいけないというだと思います。特に日本人は、権威のあるものに弱い傾向がありますから、注意しないといけないと思います。これらの新聞に対する評価というのを私達は、彼らが自分本意の報道に現在傾いているという評価を表だってしていかないと、あの連中の思惑通りにただことが運ぶだけですね。ただ、ある程度最初からあの連中の思惑は分っているので、別に驚くことではないわけですが、それでも、フィナンシャルタイムズまで、こういった事を平気で言うとは思ってもいませんでした。結局は、イギリスもアメリカと同じで、市場を金融で支配したい側であるということです。それは、まえからそういったものであったし、だからここで彼らが規制に反対しても驚くこともないわけですが、イギリスから流れてくる情報では、それも潮目が変ったのかなと思わせるものばかりだったので、そういった意味での失望というのはやはりありますね。確かに、日本は、貿易黒字国だし、彼らが海外で金融で儲けることに反対するのは、筋が通っていませんが、しかし、その中身があまりにも酷いわけですから、せめてルール作りだけはしっかりやってもらわないと困ります。アメリカやイギリスが金融で世界から利益を上げるのは別に誰も反対しないし、特に日本などは反対のしようがありません。ただ、だからといって、市場を支配するための方法を野放しにすることを肯定できるかというと、話はやはり違います。今回起きているようなことは、断片的には今までもありました。例えば、LTCMが10年ぐらい前に破綻しましたが、今起きていることも基本的にはこれと同じはずです。それが、市場全体を覆っているのが今の金融危機のはずで、とても野放しにしていいようなものであるようには私にはどうしても思えません。日本ではアメリカ型の金融はここで崩壊したとほとんどの人がいっています。しかし、それは恐らく違います。彼らは、なんとかこの世界を支配するのに便利なシステムを維持しようとするはずです。今回のフィナンシャルタイムズやニューヨークタイムズの主張も、市場に必要以上に規制を加えるのに反対しているだけのように見えるかもしれませんが、そんなことはなく、自分達に都合のいいシステムを温存するための主張でしかありません。これに対して、私達がはっきり明確に意思表示ができるのかというと、恐らくヨーロッパを除く、日本やそれ以外の地域はこの問題の本質に強く、遺憾であることを表明することはできないのではないでしょうか。もちろん、ヨーロッパはそれなりに強く何らかの規制が必要であることを、いうとは思いますが、しかし、フィナンシャルタイムズがこういった事を言えば、それはブラウン首相にも影響を及ぼすのは想像できます。となると、フランスやドイツなどに期待するしかありませんが、彼らもヘッジファンドの監視を引き出す程度のことしかできないと思います。ということは、レバレッジという魔法の道具は、彼らはなんとか温存し、常に市場に、これまでと同じ危険性を含ませながら、危険な経済運営を世界はさせられることになります。このシステムの犠牲者のような国もこれからどんどん生まれてくるでしょうね。ある程度までは、このシステムは、利用する人達にとっては、信じられない利益をもたらしますが、それも度を越せばとんでもないことになることは今までとなにも変わりません。日本人にできることは、その犠牲者にはならないための議論をするぐらいのものでしかないといえるでしょうね。こんな馬鹿な話はないのですが、それでも、フィナンシャルタイムズやニューヨークタイムズがそれを強く主張しているという現実の中では、彼らの姿勢が変わることなどまずないですね。良心的な経済学者を中心にでもして、この連中に引導を渡すぐらいの大きなうねりでも起きない限り、現状は変わりないまま進んでいくのだと思います。しかし、これに日本などが無力であるというのが、なんとも情けない。例えば、アセアンだとか、それ以外の後進国が今起きている現象を理解できなくて、自分達がどう対応すればいいのかがわからないというのならしょうがありませんが、日本のように、何が原因で、どこをどうすればいいのかまで、ある程度わかっている国がなにもできないことの責任というのを感じるわけですが、しかしそのすべを持たないというのがまた日本人であるという現実をみるだけというのは、とにかく残念です。それも、会議を開く前からもう先の成り行きがはっきりさせられているわけで、現在世界を引っ張っている国の現実というか実態というか、その連中に対して、世界から非難すら起きないというこの事実を考えなくてはいけないはずです。ただ、日本は圧倒的に評論の世界がレベルが低いので、おぼろげに理解はしていてもそれを面と向かって批判するだけの自信と言うのが、ないのかもしれません。これは、そもそもでいえばアカデミズムのレベルの低さにすべてが帰るのだと思いますが、そこをなんとかしないと私達が自信を持って問題の解決のための方法を主張はできないのでしょうね。結局は、私達の社会の成熟度のひくさに問題があるということだと思います。日本では、空売り規制を前倒しするということですが、こういったのもアメリカやヨーロッパがやっているからできるという、受身でしか対策を打てていません。こんなのは、あんな連中がやる前から自信を持って、やるべきだと思います。私は、レバレッジに対する規制も日本はすべきだと思うし、今回の会議でも強く主張すべきだと思います。日本は、世界で一番の彼らの被害者であると言っても間違いではないはずで、それは、日本の株価が80年代の5分の1とか6分の1とかであることからも分ります。彼らの都合で市場が動き、ある程度の利益を彼らに確実に日本市場は送ってきました。もちろん、こういったシステムを温存するために彼らは、規制には反対なわけですが、その最大の被害者と言っても間違いではない、日本が、なにもいわない、何もしないでは私などは納得がいかないですね。株式市場などは、世界が共通のルールでなくてもかまわないと思います。少なくとも、彼らがレバレッジの規制に前向きになるまでは、それを肯定してもかまわないと思います。彼らが、規制をするから、世界のルールは同じであるべきだと言うのなら、その時はそれに耳を傾けてもいいのかもしれません。ただ、今の状況では、日本は日本で独自の市場運営をすることは、間違っているとは思いません。こういった事を議論する社会でないのが残念ですね。こういった話になれば、やっぱり最後は外交と同じということになります。外交能力がないのでは、政治的に動くことも、議論を動かすこともできないと言うことです。平和だとか言うのが、日本は好きですが、戦争をするぐらいの国でないと、結局はこういったことにも口出しができないと言うことなのだと思います。とにかく、議論すらしないわけですから、なにも始まらないのは分っています。ただ、メディアというのはくそです。なにもできない国を作ってしまっただけでなく、ろくな議論もしない国を作ってしまいました。このつけというのは、後の世代に残されるわけですが、とにかく酷すぎます。議論ができない、外交ができないというわけですから、最初からやり直さなくてはいけないのと一緒です。とにかく、これは後世へのつけでしかありません。もしかしたら、借金よりも酷いつけになるかもしれませんね。

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10月27日 株価が下落して、バブル後最安値になりました。

株価が7100円になってしまいました。日本の株価が一番高かったのは、1989年のバブルの時の、3万9000円ですから、5分の一以下になってきました。それと、日本の株価は、他のどの国よりも下がり、円はドの国よりも上がっているそうです。もちろん、市場を外国人投資家に握られているわけですから、こんなことは私は別に驚くべきことではないと思います。こういった事に関しては、日本は、なんの戦略も持たずにやってきたつけがただ出ているだけだと思います。市場というのは、所詮アメリカ主導で彼らの都合のいいように動くようになっています。しかし、その彼らのやり方が、なかなか通用しなくなるような現象がおき始めているわけですが、結局はそれでもそのやり方は野放しにされています。今度、11月にアメリカで首脳が集まりますが、そこにおいて、何が決まるのかで、アメリカの思惑も見えてきます。とにかく、レバレッジですね。それをどうするかです。ヘッジファンドの監視などたいした問題ではないと思います。その規制までいかないと、問題はなにも解決しません。イギリスのブラウン首相ですか、名前ははっきり分りませんが、彼は、この問題の解決に力を入れたことで、支持率が上がっていて、会議でも更にこの問題の解決に力を入れるようですが、しかし、アメリカがどこまでそれに乗るか疑問があります。結局は、この問題の根源である、レバレッジの解消などに触れることはないんじゃないでしょうか。ヘッジファンドの監視あたりですらも、アメリカは渋るのだが、結局は、そのあたりで落ち着いてしまうと思います。それは、日本の市場からしたら、なんの問題解決にもなりませんね。私は株をやらないので、これに関してはかなり疎いのですが、それでも一番日本株を左右しているのは、先物なのだと思います。レバレッジの力で彼らの主導のもとに市場は動いているといっていいはずです。実際に株を持っているのは、外国人より、日本の企業や機関投資家などです。3対7の割合だそうですから、それでなぜ主導権を外国人投資家に取られてしまうのかというのは、レバレッジによるものでしかありません。3対7の割合が、取引段階になると6対4で逆にかれらに主導権を取られているわけですから、これを代えなくては、なにも変わらないのは、分りきっています。もちろん、彼らが政治的には一切動かないというのなら、話は別ですが、彼らこそそういった動きを得意としているといっても言い過ぎではありません。私が一番疑問に思うのは、なぜこの問題を日本が独自に解消しようとしないのかということです。レバレッジの規制など、今の時代当然誰かがいってもおかしくないし、そういった類の話は、世界的には普通に行われているといっていいと思います。ただ、こういったものは、みえずらいところがあって、アメリカの戦略で、そのまま放置される可能性はあります。彼らの意図というのは、市場において自分達が優位性を保つことですから、そう簡単には魔法の道具といっていいレバレッジを手放すことはないはずです。そんなことをしたら、世界の市場はアメリカの思惑通りは動かなくなってしまいます。ブラウン首相は、支持率が上がったこともあって、かなり積極的に理論的に問題点を指摘してくるはずですが、それに対するアメリカの姿勢というのが、今回の会議のクライマックスであるのは始まる前から分っていますね。その中で、日本は、それを見守るしかないというのが、現実でしょう。もちろん、日本の政府に世界と互角に渡り合える力があって、日本が置かれている市場の現状を鑑みれば、日本は、積極的にレバレッジのあり方に、疑問を投げかけることになるはずですが、しかし、今の日本がそれだけの議論をしているわけでもなければ、そういったことを率先して役割を果たせるだけの外交能力というのもないでしょう。これはすべて普段からの、怠惰の積み重ねのようなもので、いまさらどうにもなりませんが、しかし、20年も前の株価の6分の一になろうとしているこの現状というのは、日本が彼らの最大の被害者であることを意味しているといっても間違いではないはずです。それでも、私達の政府が出きることが、会議をやる前からたいしたことがないのがわかっているというのも、ふがいないというか、情けなくなるだけです。とにかく、日本の株価がせめてバブル期に戻るのには、政府の力が必要です。政府の戦略といったほうがいいかもしれません。普通に考えたら、通貨防衛も同じですが、市場の統合であったり、レバレッジに規制をかけることでしょうね。市場が大きくなれば、レバレッジに振りまわされる度合いも軽減します。それに、通貨防衛は、議論をするだけでも防衛になります。日本という国にはそういったところが抜けていますね。普段からしておけばいいはずです。政治的に動くからこそ、政治的な話には、耳を相手も傾けているはずです。もし、アジアでの動きがアメリカを阻害する結果になってしまえば、彼らも立場はありません。そのあたりで、こちらがうまく立ちまわればいいのです。それと、G7で円高懸念というのは、効くんでしょうか。相手に狙いどころだと宣言しているようにも思います。もしかしたら、100円ぐらいまで戻った可能性もあるんじゃないでしょうか。逆にこれで、90円から80円でのたうちまわることにもなりかねません。95円ぐらいはしょうがないはずです。それをわざわざ、騒ぎ立てる必要はあったとは思いません。これがきくのならいいのですが、効くかどうかは分らないと思います。とにかく、日本のような国にいると通貨であったり、市場を守るというのは大変だというのは感じます。市場規模をどうするのかを考えないと、市場を守れなくなっているのは間違いありません。下がらないで、お願いだから下がらないでという、市場というのは、心理的にも疲労感を植え付けられるだけです。通貨防衛となると、韓国や中国との関係をどうするのかということになりますが、そこまで踏み込めば、一方では、アメリカを敵にまわすことにもなりかねないので、市場が更に私達に不利に動くこともあると思います。もちろん議論すること自体は、それが牽制になって、うまい具合に落ち着くこともあります。だから議論というのはしていかなくてはいけないのですが、1歩踏み込んだ議論となれば、相手がどう動いてくるかは、分りません。だから、議論の仕方というのもあるかもしれません。

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10月24日 円高、株安

どうなんでしょうか。円高も90円だとかいっています。株も8000円を割りました。こういったのをどう理解するのかというのは大切だと思いますが、日本の場合は、政治的に動いているという視点が足りないので、本当のところがぼやけてしまいます。今回が政治的に動いているかどうかは分りませんが、日本人には、いつまでたっても市場の真実はわからないのではないでしょうか。10年前のアジアの経済危機が、政治的であったかどうかすら日本人は、きちんと総括していません。彼らが政治的に動くことがある場合は、今回の件もそういう風な視点は欠かせません。私が一番政治的に動いていると感じたのは、やはり、円が80円になったときです。あの時は、ドイツのマルクも急激に上がりました。かなり前なので、私もこのあたりのことは順番がどうであったかの記憶は定かではないので、話も前後する場合もあるかもしれませんが、しかし、この時に感じたことというのは、日本とドイツが明らかに標的にされたということです。もちろん、その後ドイツは通貨防衛のために、ユーロの誕生に力を注いだわけですが、日本がなにもしていないのは、今でも変わりません。結局は、これだけの円高が進めば、また通貨防衛の議論が出てくるのかもしれませんが、本来は普段から考えておかなくてはいけないことであったと思います。今回のこの動きに政治的なものを感じるのかどうかというのは、ここ何日間かの動きだけでは、判断がつきません。どの辺で落ち着くのかによって、そういったものは判断すべきなのだと思いますが、しかし、円高の理由というのがあるにしても、なかなかそれが正統であるかどうかというのは、専門家ですら分らないのではないでしょうか。円キャリートレードの解消が理由だといっても、政治的に動いている資金がそれに乗っていることもあると思います。しかし、もしこれが政治的な動きを含んでいる場合は、それが得ではない議論をこちらがすれば、おさまることもあるのです。今回の場合だったら、通貨の防衛を考える議論をすべきです。そうすれば、相手は、動きずらくなるのです。もし、アジアでそういった動きが広がれば、彼らにはなんの得もありません。しかし、そういった議論すらする気配を持たないでいると、相手は好き勝ってやってくると考えていいと思います。今回の件では、この間、榊原さんが、株価が下がれば、日本の銀行も危なくなるとテレビでいっていましたが、そういったことが現実になるための動きである可能性だって否定できません。フィナンシャルタイムのウェヴ版には、日本の黒字がとにかく減っているという記事が出ていましたが、そういったところにつけこんでいることだって考えられます。日本のテレビで榊原さんがいったことがアメリカ人に伝わるかどうかというのは、私には分りませんが、もし討論番組をアメリカ人が見ることができるのだとしたら、日本の弱点を相手に知らせているようなものです。今回の動きというのは、円だけが上がって、それ以外の通貨が下がるといった極端な現象なわけですが、それをきちんと説明できるのならばいいのですが、ただ、こういった極端な現象を見ると、どうしても昔を思い出してしまいます。株価についても同じです。企業の業績がとにかくいいのに、株価だけがどんどん下がるということもありました。それにより、個人投資家が市場から離れ、外国人投資家への依存が高い市場のまま今に至っています。私は、どうしても、こういった動きには、その意図を汲み取ろうという癖みたいなものがあるので、必要以上に考えている場合もあるかもしれません。しかし、今の日本のように、政治的な資金の流れに全くなにも感じないようでは、それはそれで問題があります。もちろん、その流れを完全に証明することはできません。しかし、いくつかの状況である程度までは、理解することも可能なのです。これが政治的に動いている場合には、間違いなく、それほど状況のきびしくない日本を狙い打ったものということもできると思います。悪い表現を使えば、道づれにしてやろうというものです。もちろん、もしそれが本当なのだとしたら、とんでもない連中を相手にしていることになります。それができる相手だとするなら、逆のこともできるはずなのです。たいして損害のない日本の市場を活性化して、それを世界景気の回復の原動力にすればいいのです。しかし、そうではなく、これは道連れにしてやろうという動きとも取れます。もちろん、これが政治的に動いている場合ということにはなります。それで、日本がこういった状況で、困るのが、もともと悪い地方経済が更に悪化することだと思います。これは私は何度も言っていますが、とにかく、財政による縮小圧力をなくすことです。公共事業をやるとかそういった話になってしまいますが、そんなところに金を使うんだったら、地方の公共事業を減らすのをやめるだけでいいと思います。これは同じことであるように一見見えますが、しかし、全然違います。公共事業を増やしても、またどうせ減らさなくてはいけません。その時には、また縮小圧力を受けるのです。いつまでも、いつまでも、縮小圧力を加えつづけることの意味の理解が全くなされていませんね。増やしたり減らしたり、政権の都合でそんなことばかりやっていますが、一番正しいやり方は、減らさないということだけでいいのです。もし減らすのなら、期限を区切ってやるべきなのです。それをいつまでもやっているから、地方経済は疲弊したままなのです。経済が疲弊すれば人口も流出します。すべてが地方にとっては悪循環です。ここがまっとうだったら、グローバル経済が多少不安定でも、日本の経済は、そう簡単にはつぶれないはずです。しかし、今の状況は、日本の専門家が落ち着いているほど楽観的なものではないと思います。これからは、本当に大変になりますね。日本の市場を守る日本人がいない。地方がなぜこういった状況から抜け出せないままきたのかを理解している日本人がいない。これらのことが重なれば、とんでもないことになる可能性はあるのだと思います。

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10月23日 クローズアップ現代を見ました。

今日、クローズアップ現代で水ビジネスの話をやっていました。結局、話を総括すると、技術を日本は持ってはいるけれど、ビジネス自体を海外で展開する気持ちがないので、進展していないというものだったと思います。そもそも、上下水道自体、日本では地方自治体が管理しているので、技術そのものが一つ一つばらばらに存在していて、それを統括するのが役所なわけですから、発想として、ビジネスであるという感覚を持っていなかったということだと思います。それが、フランスでは、民間企業がビジネスとしてやっていたので、世界の市場に進めたということでした。それに日本とは違って、上水と下水を両方やるのが、世界のスタンダードのようで、それと比べると日本は、全部ばらばらなので、海外で商売する場合は、そこから変えなくてはいけないようです。ただ、これは、日本の場合は、地方自治体が管理していたわけですから、世界に打って出るはずがありません。私達の感覚に、上下水道を民間企業が経営するという感覚はなじめないかもしれません。それなら、フランスの水メジャーのようにではなく、技術を売ることに専念するのもいいかもしれません。そもそも、上下水道の経営に関わって行くというのが、それでいいのかどうかにも疑問を感じます。番組でもやっていましたが、結局水メジャーは儲からないと投げ出して撤退してしまうので、批判も多いということでした。それならば、プラント工事だけを請け負えばいいのではないでしょうか。管理までして利益を出していくというのは、必要だとは思いません。本当にそういう需要があって、それをしなければ市場に入り込めないというのなら話は別ですが、そうでないのならば、上下水道の設備を売る側に回ればいいのだと思います。ただ、その技術をどうやって役所から民間に移すのかというのもあるかもしれません。結局は、そういうのも含めると、ビジネスモデル自体がないということになります。ただ、どうしても、水メジャーがやっていることを日本はまねをしようとするだけなのでしょうね。しかし、かれらがやっていることを真似しても、それがうまくいくかどうかは分らないと思います。それよりも、やはり安い値段でインフラ整備をすることができるようにするべきなのだと思います。ただ、こういったものというのは、必ずコスト面で韓国に負けてしまいますよね。世界の高層ビルを建てているのは、確か韓国の企業ではなかったでしょうか。もともと韓国にその技術があったようには思いませんが、それを日本はどこかで受け渡してしまったのだと思います。確か、マレーシアに日本と韓国が共同で高層ビルを立てましたが、それが韓国の企業にノウハウを握られるきっかけになった可能性はないでしょうか。コスト面となると、やはり日本は韓国にかないません。もし、仮に上下水道でも、日本が先手を打ったとしても、いつかは彼らに追いぬかれてしまいます。そうしないためには、できるだけ日本人を使わないで、コスト面でも勝負できるようにしなくてはいけないはずです。企画力と、事業推進能力で勝負するしかないというのはあると思います。日本人が納得するものを作るために、使う部品にまでこだわるとなると、ビジネスは恐らく成り立たないのではないでしょうか。こういった事業こそ、グローバル経済の中で、コストでの競争を問われるものなのだと思います。コストの割りには質のいいものを、というのが、このビジネスにも欠かせないと思います。ある意味、高層ビルなどは、技術を持った日本がその技術を韓国に奪われたために、コスト面で勝負できなかったので、後手を踏むことになってしまったのだとしたら、こういったことは、水ビジネスにも役立つ先例だと思います。それと、これに似た話は私は前に書いた事があると思います。世界を高速鉄道で結んで、日本は、新幹線を売ればいいといったものです。これも、この問題と同じで、売る側からコンセプトを買う側に、持ち込むべきものです。そういった意味では、世界経済というのは、今までと違って、1つの市場として考えるべきだということなのかもしれません。それは、平均化というのも、そういった意味では同じことです。市場がひとつになろうとしているために、起きている現象です。ということは、売る側は、そういったコンセプトでビジネスをするべきだということなのだと思います。ただ、日本人がそういった発想に優れていないというのは欠点であるといえると思います。いいものを作れば売れるというのが日本人にはまだあるのだと思います。しかし、高層ビルを考えても、ただいいものを作るだけでは、失敗してしまうこともあります。いいものを作るだけではなく、コスト面を含めての日本企業の魅力を出していかないと、世界のインフラ整備などには、深く入りこめるはずがありません。ただ、インフラ整備とそれにのせる物とでは、少し違いはあります。高速鉄道などは、日本は、インフラ整備に力を入れるというより、新幹線自体を売る側にまわりたいものだとおもいます。もちろん、インフラ整備にも手を出すことはできると思いますが、それはゼネコンとかがやることで、日立とかがやるものではありません。インフラ整備のほうに関しては、高層ビルと同じ失敗をしないようにしなくてはいけないし、新幹線を売る側の企業と組んで、そういった発想をヨーロッパにまで持ち込まないと、ビジネスにはなりません。恐らく、こういった発想を持てないんですよね、日本人は。水ビジネスに関していえば、本当に発想の違いだけだと思います。でも私は、水ビジネスに関しては、インフラ整備以外のところでビジネスをすべきかどうかというのはわかりません。ただ、インフラ整備に関しては、日本はもっとできることがあるはずです。日本のゼネコンには発想が足りないね。

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10月22日 日印の安全保障に関する共同宣言

今日インドのシン首相との間に、安全保障に関する共同宣言を発表しました。内容をちょっともらってきました。

<安全保障協力に関する共同宣言>

 民主主義や開かれた社会、人権などの価値観を重視していることなどを踏まえ、安全保障協力を高める包括的枠組みを構築する。

 主な協力内容▽外相間の戦略対話、外務次官対話、局長級の軍縮・不拡散協議などの実施▽防衛相間の会合、防衛政策対話、局長級の防衛当局間の協議、海上自衛隊とインド海軍などの協力を推進▽アジア太平洋地域情勢に関する情報交換と政策調整▽東アジアサミット(EAS)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、地域フォーラム(ARF)などアジアの多国間の枠組みでの協力▽海上の安全、治安、海洋環境の保護などに関する海上保安当局間の協力の推進

安倍さんのときに相互訪問を決めていたそうで、今回はそのための訪問だったそうです。安倍さんは、オーストラリアとも、安全保障協力の文書に調印しているので、アメリカ以外の国では、2国目だそうです。ただ、オーストラリアとの調印というのは、いつ結んだんでしょうか。安倍さんも一年しかやっていないですからね、この間の話ではあるとは思いますが、オーストラリアの首相も変わっているので、どの時点でかというのも気になりますね。今のラッド首相は、中国よりだといわれているので、もしかしたら、前職のハワード首相のときだったのかもしれません。福田さんから、麻生さんに代わって、こういったことには力を入れてくれるといいですね。しかし、この外交がうまくいくかどうかは分りません。簡単にぶれるような国を相手は信頼しないというのを忘れてはいけないと思います。アメリカから見た場合、日本がどれだけやるのかで彼らは態度を決めてもかまわないのです。少なくても、今までの外交の実績からいえば、アメリカがそういった立場にあるのは間違いありません。もちろん、日本が福田さんの時に取った自滅外交をそのまま選択するのなら、彼らは、中国とものを決めればいいだけなのです。今度、日中韓で首脳会談を福岡でやるそうですが、それは別にかまわないとは思いますが、軸足がどこにあるのかだけは、これから明確にしていかなくてはいけないと思うし、首相が変わったぐらいで、国の戦略をころころ変えないでほしいですね。今回の場合、安倍さんの時の外交がまだ残っているので、やりようによっては、安全圏に進むことができると思いますが、しかし、もし今回のような共同宣言に調印する機会がなかった場合には、本当に日本の外交は迷走するだけでした。運がいいことに、安倍さんが相互訪問を提案していたので、またそちらに動くことも可能だったようです。とにかく、そちらにうまく進むように外交を立て直さなくてはいけないですが、それとともに、外務委員会をどうするのかが問題なのだと思います。あそこでどんな暇つぶしをしているかですよね。とにかく、ぶれないように、ある程度国益重視で、ミニマムスタンダードではないですが、どこかにラインを定めておかないと、外交になるはずがありません。今回の件は、本当に運だけです。日本が自滅外交から脱却できる可能性は、まだかなりあります。オーストラリアの態度というのは気になりますが、しかし、それに左右されることなく、日本は自分たちのすべきことをきちんとやるべきです。それととにかく、ぶれないことが重要です。今回ぶれたことは、時間をかけて挽回しなくてはいけません。もちろん、選挙があって、民主党がどういった外交を示すのかという問題もまだあります。その関係で、日本の外交がまたぶれる可能性もあります。それをなんとか、なくさなくてはいけないのですが、もし政権交代が起これば、首相になるのは小沢さんですから、あの人のばあいはいっていることを貫くと思いますが、しかし、小沢さんが言っているのは、国連重視というものですから、実際日本が取るべき外交とは、始めからかけ離れています。小沢さんに何らかの狙いがあるのかどうかは私には分りませんが、とりあえず、なんとでも解釈のできる国連主義を持ってきた可能性もあるし、本気で言っている可能性もあると思います。どちらなのかが私には分りませんが、それでも、どこに日本の国益があるのかぐらいは理解できる人であると思うので、すくなくとも、インドやオーストラリアとの関係を台無しにすることはないと思います。そういった意味では、時間をかけて、この問題に日本は、取り組めるはずです。とにかく、ぶれないで欲しいんですよね、外交だけは。日本は、本当にブレすぎだと思います。もちろん、今までなにもしてこなかったので、どうひとつひとつに、自分達が態度を示したらいいのかが、分らないからだと思うのですが、しかし、独自に外交をしようとした途端にぶれはじめたのは日本の外交の質の低さを、周りに知らせたようなものです。何が日本の利益で、何がアメリカの利益で、何が中国の利益なのかは大体周りは理解しています。そのなかで、あっちにいったり、こっちにいったり日本はするわけですが、アメリカの態度を見ると、どっちでもいいよというように見えます。基本的には、アジアでの外交ですから、日本がそういった立場に立つのなら分りますが、下手がやるとどうしても相手に主導権を取られてしまいます。そういうことのないように、まず国益を理解して、それを自民党と民主党で議論を重ねてミニマムスタンダードを作っていって、できるだけぶれない外交を心がけるべきです。もちろん、状況はある一定期間を過ぎれば変わっていくのが常ですから、ただぶれないというだけではうまくは行かないとは思います。しかし、今回のように、独自に外交をしはじめた途端にぶれまくるというのは考え物です。とにかく、この問題だけではないのかもしれませんが、自民党と民主党の間に国益を鑑みた、ミニマムスタンダードのようなものを作る作業が必要だと思います。

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10月21日 リチャード・クー

日曜日のサンデープロジェクトでは、久しぶりにリチャード・クーを見ました。私にはどこで何をやっていたのかは分りませんが、それでも、彼は著作と同じようなことを、いっていました。彼の主張というのは、ここ何年間かは、特にマスコミには無視されてきたものであったといっていいと思います。彼がテレビに出なかったのも、そういったことの影響があったのでしょうね。しかし、ここにきて、彼の持論である、不景気時の財政による下支えを訴える良い機会であると判断したのだと思います。しかし、意外ですが、日本のマスコミに評価されなかったのとは別に、彼の主張は、アメリカでは評価されていたと考えていいと思います。その最大の、結果というわけではありませんが、確かITバブルがアメリカではじけた時に、80兆の公共事業をアメリカは打ち出しました。大体アメリカというのは、日本の財政による景気の下支えなど、馬鹿にしていたと思います。それを思い直させたのが、確かリチャード・クーなのだと思います。彼がどこに働きかけ、どこでそういった判断が下されるに至ったのかは、私にははっきり分りませんが、彼の著作のなかにも、そのことについては触れられていたような気がします。それがもしかしたら、彼の主張とは全く別のところからの判断である可能性もありますが、しかし、結果的には彼が言っていることがアメリカのとった政策と同じであることは間違いありません。このことに関しては、恐らく彼の著作に書かれていることが正しいのだと思いますが、もし違った場合でも、実際にアメリカが取った政策というのは、彼が言ってきたことと同じですから、アメリカによる判断が彼の助言によるものでない場合でも、たいした問題はないと思います。今回の、経済危機に対しても、アメリカはほとんどの経済学者が、景気対策のための財政出動が必要だといっていますから、ここは今の日本と意識が違うのは明らかです。一方日本ではというと、アメリカで彼の主張が受け入れられているのとは別に、財政再建がなによりも優先されるべきだと考えられてきました。もちろん、これにも一定の正統性はあると私は思います。しかし、それを、景気の状況が思わしくない最近まで、メディアが擁護するかのような立場に立っていたのは理解ができません。暫定税率の廃止でもそうなのですが、これは財政再建を優先させたために今回の不景気に拍車をかけたのは間違いありません。石原伸テルが石油の値段は下がるから、暫定税率は廃止しなくもいいといっていましたが、そんな馬鹿な話はないと思いました。これにより、企業がどれだけの負債を抱えたのか彼は考えているのでしょうか。また、値段が下がればいいという問題ではありません。暫定税率を廃止していれば、しなくてもいい借金を企業がしたことが問題なはずです。それを、あいつは、なんでもなかったみたいにいっていますね。理論武装としてそういっているのだとしたら、政治家としての質の低さに呆れますが、もし、本当にそう思っているのだとしたら、あいつはただの馬鹿です。その検証がどれだけ大切なのかを理解していないということになります。こういった問題も、リチャード・クーの視点に立てば、彼がどういっているのかは別にして、景気が悪化しそうな時には、財政で何とかするのが正しいということになると思います。日本は、そうではなくて、この時期に財政再建を優先しようとしたわけですが、それが悪いほうに出たという総括は、メディアが財政再建論者であるために、なされていないというのが現実だと思います。私は、リチャード・クーではないし、彼のいっていることのすべてを支持するわけでもありませんが、しかし、この議論はどこかで一度真剣にやるべきだとは思います。実際に、アメリカでやっていることというのは、リチャード・クーが言っていることと同じなわけですが、それと日本人の理論が全く正反対というのは、危険この上ないというか、これからの日本の運命すらも悪いほうに導いてしまう可能性もかなりあります。とにかく、これに関しては議論をするだけで、見えてくるものが多くあるはずです。もちろん、日本でも景気対策を打つと、自民党はいっていますから、アメリカやヨーロッパに比べれば、金融に問題を抱えていない日本がそれほど心配する必要がないのも分ります。しかし議論するというのはただですから、それにより問題の本質をあぶりだすことは、健全な財政の運営においても重要だと思います。今回は、原油や穀物の高騰で、政府は手をたいして打ちませんでしたが、それは、財政再建を優先したためなのでしょうが、実際は結果的には、財政の負担を増やすことになりました。そういったことを一つ一つ理解でするだけでも、健全な財政がなんであるのかが私達に見えやすくなるのだと思います。

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10月20日 パウエルがオバマを支持。

今日テレビを見ていたら、パウエルがオバマを支持するというのをやっていました。もちろん、パウエルは、ブッシュのもとで国務長官をやっていたわけですから、同じアフリカ系ということで支持した以外は考えられません。しかし、ついこの間まで、あれだけペイリンが持ち上げられていたのに、あっという間に叩き落されました。実力がないのがその原因だという話ですが、それもどこまで本当で、どこからが違うのかは、日本にいる私たちには分るはずもありません。そもそもを考える場合、アメリカの社会における、人種構成のなかで、マスコミを握っているのが、どの人種なのかというのは大きいと思います。それが、ユダヤ人なのか、アングロサクソンであるのか私には分りませんが、どう見ても、ペイリンとマケインがユダヤ好みである様には見えません。もし、そういったより戻しであるとするなら、これから日本がアメリカとうまく付き合っていけるのかに、私は不安を感じます。これは前から書いていますが、そもそも日本が取った外交というのが、自滅外交なので、そこに民主党政権ができるとなると、日本の政治的環境の悪化というのは、これから目に見えて出てくるのではないでしょうか。ただ、期待したいのは、いろいろな人種の思惑でアメリカという国が動くことです。そうなるなら、私達日本人が付き合いづらい相手ではアメリカはなくなると思います。ただ、今までの日本の経験からいって、ユダヤ人が今までと同じように深く関わるのなら、日本にとっては、民主党のオバマが大統領になれば、クリントンの時のように何かを考えさせられることになるかもしれません。ユダヤ人は、今では、ブッシュ政権にも入ったぐらいですから、保守にもリベラルにも勢力を張っているはずですが、それでも、やはり民主党政権のほうが日本に都合が悪いというのは、変わらないと思います。それも、外交から崩れていくのではないでしょうか。クリントンの時は、前半は酷い貿易摩擦が問題になり、後半は明らかに中国寄りに取った外交が問題になりました。今回ということになれば、自滅外交を取っている日本のいたいところから綻びが出てくるはずです。クリントンの時には、後10年か20年したら、日本は自立すると若手がいきり立っていましたが、今回そういった雰囲気になるかどうかすら疑問があります。今の日本は、アメリカを無条件で、受け入れすぎています。そういった態度すら示せない可能性すらあるのではないでしょうか。あの時代の、日本の政治家や社会というのは、今よりもずっと良心的で、古きよきアメリカ人であった父ブッシュとは、なんとかうまく付き合えましたが、しかし、それまでの世代とは違うクリントンとは、日本人は付き合い方が判らなかったといっていいと思います。それに、ユダヤ人が政権の深くまで入りこむようになったのに拒否感がなくなったのは、あのころからだったのかもしれません。80年代の映画を見ると、ユダヤ人に拒否感を示す反応というのは、アメリカ人にとって普通のものでした。もちろん、ユダヤ人が入りこんだために、日本人が彼らと付き合いづらくなったとは言いきれませんが、それでも、私には直感的にそう感じます。なんだかんだいっても、アングロサクソンには、まだ馬鹿正直なところがあるように思います。日本の社会もかなり複雑になり、人間らしいとは思えない行為も巷ではかなり起こるのですが、しかし、日本人もアングロサクソンと同様に、馬鹿正直であると私は思います。それは、時代が変わってもなかなか変わらないんですよね。日本の社会は、もっと不安定に、自分勝手になっていくのだろうと私は昨今起きていることを鑑み、そう思っていました。しかし、日本の社会はそうなっていないと思います。もし動揺が在るとしたら、今までのやり方がこれからも通用するのだろうかという不安を社会が感じているのではないかというところです。今の時代に私達がやっていることが、これからも通用するというものではないと感じている人が多いのだと思います。なにかを変えなくてはいけないが、何を変えたらいいのか分らないという風に考えているのではないでしょうか。そういった不安感が社会を覆っていて、いろいろなところに別の形で矛盾が出ていると考えることもできると思います。しかし、日本人の本質というのは、実際は変っていないというのが私の印象です。日本の社会は豊かになり、人との関わりは昔に比べたら、少なくなってはいます。近所との付き合いも面倒になり、挨拶もしないというのは、普通になりつつあります。それでも、人間の本質がいままでとも変わっていないし、これからも変わらないだろうなと思います。どっかで、また回帰というか人との関わりを考え直す機会というのは、くるのではないでしょうか。もちろん、何らかの場所であったりコミュニティがその役割をはたし、そこから広がっていくことが考えらます。今は、インターネットの普及により、直接人と接しない楽しみ方というのも増えていますが、それもどこかで潮目は変っていくのでしょう。人との関わりを重視する動きというのもどこかで生まれてくるはずです。あくまで、日本人の場合は、人との接し方が昔と変わっただけですね。それに比べると、アメリカの場合は、人種構成の変化と考えるのが妥当だと思います。これは意思決定に関わる人種構成に関してです。そのなかにユダヤ人の割合がかなり増えているのだと思います。これは、更に変化していく可能性もあるので、それを見守るという方法もありますが、しかし、今日本が取っている自滅外交は、その標的になる可能性はあります。それに、前のような安部さんの外交にもどそうにも戻らないというということもあるかもしれません。ただ、ユダヤ人も複雑な面はあるはずです。中国という存在が、自分たちをどう考えるのかというのはあるのではないでしょうか。もちろん自分たちがどう考えるのかというのと、折り合いがつくかつかないかなのでしょうが、もしそういうことが重要なのだとすると、日本人のアメリカ社会に対する分析というのは、あまりにもひどいものであるということになるでしょうね。あくまで、彼らが中国をどう思い、中国が彼らをどう思うのかによって、物事が決まっていくのだとしたら、日本の外交というのは、それに太刀打ちできるものでないのは明らかです。そうならないための、外交というのも自ら放棄してしまいました。これからアメリカの政権は変わるわけですから、なんらかの目に見える現象が出てくる可能性はあります。そうなった時に、前のようにアメリカとはもう終わりとはっきりいえるだけの元気が今の日本人にあるかどうかです。

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10月17日 時価会計の一部凍結

経済問題というのは、本当に私などの素人には難しくて意味すらも分らないものが多いのですが、今日も疑問に思うものがありました。日米欧で時価会計を一部凍結するというものです。もちろん、この経済危機に限ってというのなら、さしたる問題もないと思います。とくべつ戦略的に感じるものもありませんし、それよりもこんなことになってしまった金融を何とか立て直さなくてはいけないのは、世界共通の認識ですから、それに反対する理由はありません。ただ、問題だと思うのは、アメリカがレバレッジの解消を真剣にやるかどうかです。結局はレバレッジのほうを野放しにして、時価会計に融通をもたせたままにするということはあの連中だったらやりかねません。これは、今回の問題の解決には一切なっていません。もちろん、そこを彼らが率先して、新たなルールを作ろうとしているようにも見えません。レバレッジの必要性というとなんですが、もし世界経済を思うように動かしたいのなら、レバレッジを解消するはずがありません。これは、日本の市場でもいえることですが、彼らがいるために日本の市場は、低評価なままです。彼らの、日本における利益の取り方というのは、ある程度決まっていて、そこにおいてもレバレッジは、かなり重要なはずです。私は、こんなことがあったのだから、レバレッジの規制を日本はしてもかまわないと思いますが、しかし一方で日本人がそういったことを自らするようにも思えません。こういったことは、恐らく国家戦略の問題です。経済の問題ではないといったら大げさかもしれませんが、だからこそ、簡単に彼らは、リスクを放棄しないのです。レバレッジの解消というのは、危機がおきた時は、いわれましたが、段々これからいわれなくなるでしょうね。ただもし、それをいわざる負えなくなるとしたら、更に第二段階に今回の金融危機が進んだ場合です。そうなったら、もう戦略どころではないのではないでしょうか。それを上回る批判に世界中からさらされるはずです。恐らく、ヨーロッパは、規制をかける側に回るはずです。もちろん、その時には日本も規制をかける側に回るのではないでしょうか。結局は、この問題も、世論にさらされれば、必ずそっちの側に回るものと思います。ただ、現段階で、世論にさらされていないので、少し経済が落ち着いたぐらいでみんな忘れていってしまうのだと思います。そのために、これだけ重要な問題であるにもかかわらず、世界を巻き込んで議論がなされていないのでしょうね。日本人が戦略的に考えるのなら、やはり、市場を守るためにも、レバレッジは規制すべきです。ただ、問題は、レバレッジの問題が表ざたにならないままに経済が上向いていく場合です。この場合には、日本の市場も今までと同じリスクを抱えたまま、アメリカの投資家に今までと同じようにうまくやられてしまうでしょうね。彼らの売り買いで、株価は上下して、ある程度の利益をうまい具合に確保されてしまうと思います。株なんてのは、主導権を持っている側が圧倒的に有利です。彼らがうまく利益を確保すればするほど、日本の個人投資家は、市場を離れるしかなくなるというのが今までのパターンであったと思います。こんな状態に日本の市場が置かれることも歯がゆいのですが、それがレバレッジによるもので、その解消が今回の危機があったにもかかわらず、彼らの戦略によってなされないままに世界経済が回るのは、私達に不利なだけでなく、また同じ問題が起こる危険性をはらんでいるのにはどうにも納得がいきません。そういった意味では、ここで更に問題が噴出してしまったほうが私達には有利なのかもしれません。しかし、そうなった場合、私達に降りかかる問題というのも尋常ではなく、そうならないならならないにこしたことはないという事実もあります。どっちのほうが私達にとって、いいのかというのは難しいですが、この問題は、もしかしたらアメリカという国が今の地位を維持する限り常にはらんでいるといっていいのだと思います。これをかえるには、市場のあり方を議論することが必要なわけですが、そういったことをアメリカが主導するはずもありませんから、そういったなかで、この議論が進むかどうかです。日本人がそういった議論を進んでできるとも思えないので、後は、ヨーロッパあたりがするかどうかですね。それがなければ、不安定なまますべてが進むのでしょうが、しかし、それもアメリカが力があるうちというのはいえると思います。あくまで、このやり方は彼らにとっては得ですが、それ以外の国の人間にとっては、あまり気持ちのいいものではないと思います。となると、レバレッジの解消というよりは、この問題の解決は、アメリカ支配の解消でしかなされないのでしょうね。

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10月16日 格付け機関

いまだに株価がどうなっていくかは、予測がつかない状態です。アメリカも、8000ドル代になって、不安定になっていますが、これが更に下がるようだと、第2段の始まりということもあると思います。そういった意味では、まだまだこの金融危機は得体が知れないところがあるはずです。それにしても、この問題では格付け会社の利益優先による、査定があったようです。証券会社が証券化するのだと思いますが、そこには、格付けが必要なようで、証券会社もいい格付けがほしいということなんでしょうか、格付け会社のほうでも、仕事を確保するためにいい格付けをどうしても出してしまうようですね。会社の上場には、かなり厳しい検査があるようですが、格付けにはそれがないので、今回の問題でもとんでもない格付けがされていたようです。格付けというと、昔日本の銀行が酷い格付けをアメリカからもらっていて、よく話題になりました。最近は、あまり日本ではアメリカの格付けが話題になるようなことがほとんどありませんでしたが、どうやら日本人の感覚のほうが正しかったようです。あんないいかげんで、時には政治的ですらあるように思えるものを信用するなんて、本当にばかげています。連中が商売優先で、格付けしていたという話を聞いても、別に驚きもしないし、そんなものだというのは、前々から大体分っていました。日本でも、5つの格付け会社が政府に認められているようですが、ということは、アメリカと同じように、債権の格付けは必要ということなんでしょうか。恥ずかしい話ですが、私は、このあたりは全然分りません。ただ、5つのうち、3つが外国の名前であるところを見ると、この3つはアメリカの格付け会社なのでしょうか。アメリカでは、3つが独占状態だと書いてありましたが、この3つであるということでしょうか。それにしても、こういった問題というのは、どこにでもあります。政府機関の監視を、役所がしたりとかというのは日本でもよくありますね。というより、日本の場合ほとんどがこういったものでした。しかし、私が思うのは、こういったことは、以外と日本人には向いているのではないかということです。アメリカ人などは、ものを政治的に見る癖がついているので、そこまでも織り込まないと、真実は見えません。それに比べると、日本人は、つまらないバランスをとろうとかそういったことはあまり考えずに、それそのものが、どういった価値があるのかだけを見ようとする公平性は、最初から備わっています。もちろん、そこが日本人の欠点でもあるわけですが、恐らくこういった事を真剣にやらせたら、日本人が一番うまいのではないでしょうか。ただ、日本人は融通性が効かない所があって、ものを見誤る場合も多くあるかもしれません。しかしそれは、日本人だけではなくて、彼らにも可能性がある問題だとは思います。ただこの問題は、ただ単に格付けだけに限ったものでもないかもしれませんね。公平性というのは、これからの世界で最も問われるもののうちのひとつといっていいと思います。以外ですが、この感覚を世界で一番持っているのがアングロサクソンなのかもしれません。彼らは、政治的なので、そうは見えないかもしれませんが、しかし、世界大戦にあっても民主主義を維持した国です。バランス感覚は世界一あるといっていいのではないでしょうか。ただ、彼らの本心というか政治的な部分は、それを超えてしまう場合も多々あります。だからこそ世界を支配してきたのかもしれないし、世界に繁栄を導いてきたのかもしれません。彼らの世界史における功績というのは、彼らが落ちぶれたとしても、なくなるわけではないと思います。分析としては、余裕があるときには、公平性を重視するが、そうでなくなると自分本意になるといったものです。アメリカの場合とイギリスも多少違うと思います。アメリカは、本当に余裕がなくなると自分本意になりますね。それに比べると、それでも理性を保つのがイギリス人のように思います。私達日本人はとなると、アジアの中では、最も公平性においては優れていると思います。太平洋戦争で無謀な戦いもしましたが、皇道派と統制派の争いで、統制派が勝ったのも、その後、戦争になるまで普通選挙をやっていたのも、あれだけ軍がのさばっていたにしては、上出来なところもあります。実際日本が軍国主義化していくのは、戦争が始まってからといえなくもありません。もちろん、後世の私達があの戦争を立派であったとはなかなか思いづらいですが、それでも戦争になる過程では、軍も最低限の理性は、見せていたといっていいと思います。この評価が正しいかどうかは分りませんが、それでも、日本のアジアにおける優位性の1つに、公平性があるというのは言い過ぎではないと思います。もちろん、日本は、アジアでは先進的でもあるし、その評価は当然のものでもあるかもしれません。韓国人を見ても、中国人を見ても、かなりでたらめなところはあります。特に中国人は自分本意です。自分の都合だけで動いてしまうこともこれからも多いのではないでしょうか。そういったなかでは、日本人の価値というのは、相対的に上がってくると思います。ただ、日本人は戦略性が弱いので、そこをなんとか強化しながら、公平性をうまくアジアに吹き込むことです。公平性というのは、実は大きな戦略なのです。その価値がまだ日本人にはわかっていないのだと思います。

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10月15日 北朝鮮のテロ指定国家解除

アメリカが北朝鮮のテロ指定国家を解除しました。私が不安になるのは、これに日本の政治家やマスコミがあまり反応しないことです。これに関しては、マケインやオバマですら、多少の配慮を見せています。それは、日本の感情を考慮してのことだと思いますが、一体外交とはなんなのだろうと思ってしまいます。もちろん、金融危機で、どさくさにまぎれてやろうというのが、相手の狙いであるのは見え見えで、それになんの反応すら示さないというのは、外交がこの国には存在していないといっていいのだと思います。とにかく、こういいた問題というのは、日本がどういった選択をするのかによって取る態度が変わるわけですが、しかし、その議論をしていないというのがそもそもであるといえるのかもしれません。とにかく、日本が取るべき選択というのは、3つです。もちろん、選択肢というのは豊富で、単純に3つとは、言い切れないのですが、それでも、今まで通り、アメリカよりなのか、中国よりなのか、それでなければアジアの枠組みでということなのかです。私は、基本的には自らの決断で政治は行うべきだと思うので、アジアの枠組みを重視すべきだと思いますが、それでもアメリカとの協調をするのなら、日本、アメリカ、オーストラリア、インドというのがいいと思います。しかし、今回みたいな外交をアメリカにされると、別の行動をとりたくもなってきますね。その辺をアメリカに見せるのが日本は下手なのだと思います。だから、どさくさにまぎれて、勝手なことをされてしまうのだと思います。今回の件は中国も歓迎していますが、こういった政治的状況を果たして日本は許容できるのでしょうか。6カ国協議というのは前からいっていますが、日本はずしの会議といっていいと思います。実際はアメリカと中国でものを決めようという枠組みです。それに対する反発心というのは日本にはないのでしょうか。中国よりに外交を福田さんになってからきりましたが、それはこういった状況に油を注いだだけでしかなかったといってもいいと思います。その結果がこれだったというのは言い過ぎではありません。私は早いところ、この6カ国会議から離脱すべきだと思いますが、これからもこの枠組みでとなった場合には、日本はどういった態度を取るのでしょう。北朝鮮の問題が解決したなら、もう6カ国協議はいらないはずです。その枠組みの重視というのには日本はのるべきではありません。とにかく、これからこの枠組みが東アジアに残らないようにという姿勢を日本は示さなくてはいけません。でなければ、中国とアメリカによる意思決定というのを日本は、認めたことになります。本当にそれでいいんでしょうか。もしかしたら、そうとすら思っていないということなんでしょうか。そうだとするなら、私はなんの言葉も出ません。この国には外交がないということになると思います。それだけでなく、中国の存在を日本の上に置くことを自ら認めたことになります。私は、そもそも中国に寄ったこと自体に問題を感じますが、それがアメリカを出し抜くためだというのなら納得もします。しかし、そうでないなら、なんのために中国に寄り、なんのために安倍さんの外交を放棄したのでしょうか。自らを貶めた選択としかいいようがありません。とにかく、外交は安倍さんの時の外交に戻すべきです。ただ、一旦違う道を通ってしまえばもとには戻らない可能性もあります。アメリカも、中国とアメリカでものを決めるほうがいいと考えているかもしれません。もちろん、それに中国がのるのは、間違ってもいないでしょう。となると、日本の進路はどうなるのでしょうか。今回の件は、こういった現実を愚かな日本につきつけたとしかいいようがありませんね。それなのになぜ、としか思いません。外交音痴だからしょうがないといえばすむ問題ではありません。愚かなものは自らの存在すらも自ら消してしまうのでしょうか。この愚行に気がつかない人達が外交に関わり、報道に携わっている現実に不安を感じないでしょうか。どこかでは、自らの意思をはっきり表明しなくてはなりません。自分がどうしたいのか、どういった展望を持っているのか、今の日本にそれがなくなってしまったのです。とにかく、これは目にはっきり見える外交の危機です。もういつまでも今まで通りというわけには行かないのです。周りの状況は常に変わっていきます。アメリカがなんといおうが、日本は自らの進路の選択は自らしなくてはいけません。そうだとするなら、麻生さんには、もう一度外交の路線を戻して欲しいと思います。しかし、それが元に戻せない場合どうするかですね。もうそうなったら、そう簡単な外交ではありません。とにかく苦労を重ねても、得るものが何もないような状態になると思います。しかし、ぼんくらばかりで呆れますね。外交に関しては、だんだん頭に来るようになってきました。若手はどうしたのでしょうか。こんな時こそ、若手というのは名を売るチャンスのはずです。しかし、そういった若手がいるようにも思いません。東国原知事などがどういった力があるのかは知りませんが、こういった人達が国会に入ってこないと何も変わらないのでしょうか。今国会でいる人間の限界なのかもしれません。

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10月14日 

娯楽と言うのはいっぱいあって、とくに日本は、そういったところでは、世界から注目されている面もあります。ただ、なんといっても、最大の娯楽と言えばやはりテレビです。外に出ない人も、外で遊ぶ人にとっても必要でない人はほとんどいないと思います。いるとしたら、変わった知識人とか、江国香織ぐらいでしょう。ただ、私達が子供のころに見ていたテレビと言うのは、かなり面白かったと思いますが、最近は、ただつけておくだけという場合もかなりあります。それも、最近は、デジタル放送になったためなのか、テレビの視聴率は落ち気味のような感じがします。ただ、テレビというのは、日本にとっては、馬鹿にできないコンテンツで、視聴者が離れ気味だというのは気になりますね。しかし、前のクールでは、オリンピックがあったことや、まだ、ドラマなどの新番組が始まっていないと言うのも視聴率への影響があるかもしれません。寒くなれば、家にいる人も増えてきますから、視聴率が多少上がるのは想像がつきます。私が、見るのは、スポーツ、ニュース、ドラマ、映画が中心です。バラエティ番組というのは、昔は見たのですが、最近は年齢のためか特別進んで見ようとは思わなくなりました。ニュースは視聴率が落ちているとはあまり思いません。報道ステーションは、だいたい、13%前後だと思いますが、それが低いとも思わないし、別に高いとも思いません。スポーツは巨人戦を地上波ではやらなくなりましたね。数字が取れなければ仕方ないですが、ただ、CSのほうでの視聴者が多いようなので、見ている人は見ているようです。600万世帯以上の加入者がCSで見ようというのは逆に凄いと思います。地上波だけでやれば、まだ勝負できる数字だと思います。しかし、CSを抱えているためにだとしても、10%しか数字が取れないのでは、地上波でやらなくなるのは当然です。数字が落ちた今でも、12%ぐらいは取らないと、他局に負けてしまいます。それは、サッカーでも言えますね。この間の、UAE戦は、10%しかありませんでした。ただあの時は、裏番組が強かったことを考えれば、想定できる数字ではあったかもしれません。それに巨人戦もBSでやっていましたから、どちからというと、同じジャンルの巨人戦に食われた可能性はあるかもしれませんね。しかし、これらのコンテンツは日本人が楽しめばいいだけと言えるものですが、ドラマや映画となるとそうはいきません。日本の1つの産業のようなもので、ここが死ぬということは、日本の国力がなくなるに等しいと思います。それでなくても、韓流に押され気味で、アジアでの存在感も薄らいでいます。ただ、まだ韓流は、長い間持続しているわけではありませんから、日本のテレビドラマの地位が完全に失われたというわけでもないと思います。結局は、先進的な社会にしか作れないものを韓国が作ることができているかどうかで言うなら、それができているとも思いません。この分野で、韓国に多少譲るのは、しょうがないにしても、もう一度その地位を奪え返すのは、これは国策ではないのですが、それ以上に重いテーマであると言えます。そこでの地位というのは、国をも左右するものであるのは、アメリカを見れば一目瞭然です。経済的な地位を守りながら、ポップカルチャーの発信地であるからこそアメリカは、世界の中心なのです。私達日本人が、アジアでの地位を維持するためにも欠かせないのが、テレビドラマであり映画であり、音楽でもあり、アニメでもあるのですが、そのなかでも、テレビドラマはやはり主役なのです。もちろん、映画産業が優れているのなら、それはそれでテレビドラマにこだわる必要はないかもしれません。私も前は、映画に日本は力を注ぐべきだとも思ったことはあるのですが、しかし、アメリカの映画がそれほど最近面白くないのを見ても、なかなか映画でアジアを楽しませると言うことの難しさみたいなものは感じます。あのハリウッドですら持続するのが難しいわけですから、日本人にそれができるとは思いません。ただ最近のアメリカのドラマは日本人が見ても楽しめるものが多くなり、別にアメリカがこの分野で、落ちぶれているわけではありません。映画での世界への影響が、ドラマに替わっただけといっていいと思います。24も、デスパレートの妻達も、ERも、私は、見ますが、見ればみるで面白く見ています。それに、映画はやはり見る文化がないと難しいと思います。アメリカは1000円以内で観ることができるのが普通だったと思いますが、それを日本でやるというのは難しいのではないかと思います。それが持続できるのなら、ドラマにこだわるのではなくて、映画でもいいのですが、私は、映画は、1800円を払うことになっても、時々いいものを見れれば、それでいいのかなと思います。とにかく、これを力をいれるとなると、まず日本に見る文化を根付かせなくてはいけないですが、それそのものが難しいと感じます。となると、やはりテレビドラマの復活は譲れないところではないでしょうか。これは、実は本当に見えない国策なのです。ただ、これに国が関わるべきだなどとは、もちろん思ってはいません。アニメもそうですし、漫画もそうです。しかし、実はこの映像産業こそ、日本のアジアでの地位を場合によっては決めるといっても間違いではありません。ただ、それだけの質に今のドラマがあるのかは疑問です。このままでは、韓流にやられてしまう可能性もあります。中国がどう言ったものを作ってくるかは分りませんが、視聴率が落ちている現在、そのなかで日本人が作っているものの質自体が落ちているのは心配です。どこにその劣化の原因があるのかは分りませんが、意外と思われるかもしれませんが、これこそ、日本の最大の危機であると私は思います。それだけ、映像産業が持つ力というのは絶大なのです。日本人が関心のないドラマなど、外国人が見るはずもありませんから、視聴率が取れるか取れないかは、とにかく重要です。

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10月13日 ジス・ウィークを久しぶりに見ました。

昔は、毎週見ていたのですが、久しぶりにジス・ウィークを見ました。もちろん、議論の中身は、今回の金融危機についてですが、アメリカの議論の中心が必ずしも、WAPSではないのだなという感じがしました。昔は、この番組もアングロサクソンを中心とした視点でものを見ていたと思うのですが、それもかなり変わってきているように思いました。昔の出演者は、今日出ていた女の人と、それと、名前ははっきりは分りませんが、保守的な一番この番組では古株のビルとかいう人と、それとネオコンのユダヤ人だったと思います。アングロサクソンとユダヤ人の会話だったといってもいいのかもしれません。どの程度から、ユダヤ人がアメリカの中心に立つようになったのかは私には分りませんが、それと比べても、司会者は、アイルランド系あたりに見えるし、それ以外も移民か何かであるようにも見えました。もちろんはっきりは分りません。しかし、私達にとってどちらがいいのかというのなら、現在のほうがいいといえるかもしれません。とにかく、私がよく見ていたころは、日本人が見ると頭にくるようなところもかなりありましたね。独善的なところもありました。というより自分本意というか、日本との間には、いろいろ問題もあったというのもあると思いますが、彼らが進む方向と私達のいる場所のベクトルは完全にずれていました。あくまで私の直感ですが、日本人が付き合いやすいと思っていたアメリカ人というのは、WASPだったのだと思います。そこに、ユダヤ人が入りこんできて日本人はアメリカ人とは付き合いずらくなった感じがします。古きよきアメリカではないですが、日本人というのは、単一意識が強いので、WASPのほうが付き合いやすかったのだと思います。ユダヤ人がどういった人種であるのかというのは、なかなか私などに分らないのですが、それでも、パートナーとして重要な地位を彼らが得ればえるほど、日本人にとって、意思疎通の難しい相手にアメリカはなっていったように思います。しかし、そこにまた新たに、いろいろな人種が入りこんでいるとなると、またアメリカ人とは日本人は話し合える可能性もありますね。宮崎哲弥は、クリントンの時代に日本人を差別しているといったことがありましたが、しかし、私には、それは差別というよりは侮蔑であったと感じました。おそらく、日本人が付き合いやすかった古きよきアメリカ人というのは、父ブッシュが最後だったのかもしれません(ただブッシュがWASPであるかどうかは私には分りません)。その馬鹿息子も日本を同じように扱ってくれたかもしれませんが、しかし、必ずしも政権としてどうであったかと言うと、前のクリントンの時とさほど変らないのかなと感じるところも多々ありました。今回の北朝鮮のテロ指定解除がそれにあたるというわけではありませんが、それでも、単純な男の取り巻きは複雑な態度を日本に示したといっていいと思います。しかし、最近のアメリカを見ていると、やたらと日本を持ち上げるというわけではありませんが、より戻しもあるのだなと感じています。それは、いろいろな人種がアメリカの意思決定に関わるようになってきたことを意味しているのかもしれません。とにかく、WASP&ユダヤ人との相性は日本人は悪かったといっていいと思います。それが今日のジス・ウィークを見て、違う感覚を得ました。それと、私が感じたものでしかありませんが、WASPの知識人が大切にしているものは、かなり日本人が今回の金融危機や不景気で考えていることと同じなのだなということです。誰もが、納得できるルールを作って欲しいとか、アメリカが復活するための方策の模索などです。これは、普通の国の知識人が考えることと大体同じで、私達がアメリカ人と付き合う時は、こういった連中に話しかけるべきなのだと思います。彼らとだったら、話ができるように思えただけでも、今日はテレビを見た価値はありました。ただ、日本人のほうに、意思疎通ができる人間がいるのかどうかというのは、問題かもしれません。麻生さんは、そういったことができる人であるかもしれませんが、中身をまだ見ていないので判断は今の段階ではできませんね。ただ、本当に私達も真剣に考えなくてはいけないのは、外国人とどううまくつきあうかということです。世界の首脳を相手にどう立ちまわるのかという力も必要かもしれませんが、それは一人一人が問われている問題なのかもしれません。私が、ジス・ウィークをよく見ていたころというのは、衛星放送で番組が見れるようになったからですが、しかし、外国のニュースを見た途端に日本のニュースを見るのを私は辞めました。ですから、90年代の何年間かは日本のニュースをほとんど見ていません。日本のニュースは嘘と言うわけではありませんが、なんとも世界の現実を無視したものであるのかとショックを私は、受けてしまいました。ですから、私の政治を見る視点というのは、そこから始まっているといえます。ただ、現在、日本のニュースは毎日見ていますが、それは日本のニュースが2000年を超えるぐらいからまともな議論をするようになってきたからです。もちろん、今現在先進的であるとか、そんなふうには思っていません。しかし、今日のジス・ウィークと日本のニュース番組を比較した場合でもそれほど遜色はありません。それに議論されている中身は、ほとんど同じといってもいいと思います。そういった意味では、日本のニュース番組というのは、かなりまともにはなってきています。ただ、先進的であるわけでもないし、何かが生まれるわけでもないと思います。

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10月10日 大和生命が破綻しました。

今日は、大和生命が破綻しました。私は、生命保険会社のことなど知らないので、どの程度の会社なのかあまり分りません。かなり、リスクのある運用をしていたような話をしていたような気がします。とうことは、かなり株式とか金融商品とかにてを出していたということなのかもしれません。なんとか指数で500を超えていたが、9月時点で、26ぐらいしか指数がなかったといっていましたから、こういったのは私達にはよく分らないのですが、何らかの改ざんのようなものがあったのか、それでなければ、本当に危険なギャンブルのような資金運用をしていたのかどちらかでしょうね。この指数は、200ぐらいあればいいという話ですから、あっという間に、株の値下がりで、経営不振になってしまったということでしょうか。アメリカやヨーロッパと同じ資金運用をしていたと考えていいのだと思います。しかし、そうなると、日本の金融機関は、ほとんどがアメリカやヨーロッパの資金運用を自分たちのモデルとしてやっていなかったということになりますね。しかし、大和生命は、起死回生を狙って、打って出ていたと考えていいのでしょうか。こういった事情は、細部になると素人の私などには分らないのですが、しかし、とにかく、日本の金融機関は、リスクをほとんど取っていませんでしたね。もちろん、株の持合の解消をしてきたばかりで、同じことをいまさらやろうとも思わなかったというか、リスクを犯す度胸がなかったということでしょうね。それにしても、この問題で、一番注目すべきなのは、実は、もともとは、日本のほうがヨーロッパよりもリスクの高い経営をしていたということです。私は、インターネットで拾い読みしただけなので、中身には自信がありませんが、一番リスクを取った経営をしていたのはアメリカで、その次が日本だったようです。どちらかというと、ヨーロッパは、ほとんどそういったリスクを負った経営をしていなかったようです。おそらくですが、融資業務が中心だったということではないでしょうか。それが10年ぐらい前だということですから、僅か何年間かで、日本とヨーロッパの位置どりが逆転して、日本はリスクを取らない経営のほうに傾き、ヨーロッパがリスクを取る経営に傾いたということなのだと思います。なんと、日本は運がいいというべきでしょう。もちろん、これはバブル以降の日本の金融で起きたことがあまりにも悲惨だったために、今のような状況になっているわけです。しかし、日本の金融機関は今の状況を好機にすることができるのかということですね。ただ、そこまで積極的に勝負に出れない状況というのがあるとすれば、日本国内にも多くの問題があるというのはあると思います。しかし、ここは絶対に打って出るべきです。とにかく、世界の市場は、これから間違いなく発展します。これは、平均化という現象が進んでいるからですが、相手が弱っているわけですから、ここ以外に、日本のような消極的な国民が打って出ることなどできないと思います。アメリカやヨーロッパに出ていくのではなく、それ以外の平均化でここ何十年間か間違いなく成長すると思われる市場に向かうべきです。アメリカやヨーロッパは確かに弱っていますが、公的資金の注入があれば、何年間かでもと通りになってしまう可能性もかなりあります。そこに、打って出たところで、どれだけの成果があるのかは疑問です。それよりも、彼らが痛んでいるうちに、振興市場で勝負するべきです。もちろん、金融商品などには目もくれず、融資業務で信頼と市場での地位を獲得すべきだと思います。そういった意味では、野村がリーマンのインフラを買ったのは、正解だと思います。それ以外の銀行もとにかく、今出ていくべきです。市場なんていうのは、いいかげんなもので、銀行に、公的資金を注入したり、株価が落ちれば、自社株買いを認めるというわけですから、ルールなんてあるのかないのかも分りません。ルールというのは、ある程度の公平性の上に成り立つはずですが、金融に関しては、状況が変るごとに柔軟に対応しているわけですから、この分野で決められているルールなどは、誰かの都合によって簡単に曲げることが可能なものと考えていいものということになります。そうなると、政治的な力が金融のあり方を決めているといっても間違いではないでしょうね。となると、日本人には、なんの力もない世界であるということになります。それを何とかするというのは、現時点では無理ですが、そういうものであるということを多くの人が理解しておくというのは、重要だと思います。そうすれば、ルールのでき方も理解できるし、自分たちがそこに参加するすべも見つかるのかもしれません。今は、かぶがかなり下がって、日本の景気にも、大きな影響が出てくるとは思いますが、しかし、ニュースステーションでも言っていましたが、日本の場合、金融機関に体力はあるということですね。今の状況になんとか耐えられるぐらいだということです。となると、日本の金融機関がやることは、今打って出るということだと思います。それと、政府は、地方の経済を何とかしなくてはいけないと思います。私は、これは前からいっているのですが、公共事業を減らすことを辞めるということを宣言するだけでかなりの効果があるはずです。日本は、世界のことを心配するのはかまいませんが、それよりも、日本のことを心配すべきです。アメリカ経済は、実物のほうでも、失墜が始まるはずです。日本の場合は、その影響がどの程度出るのかということと、後は、地方を何とかすることです。世界的に金融危機が襲っても、世界恐慌になる可能性は、ほとんどありません。経済のブロック化を進めることなど考えられないし、そもそも、こうなった理由がある程度わかっているわけですから、何年間かで、落ち着くはずです。だから、とにかく地方の再生に力を入れるべきですし、銀行は世界進出をすべきだと思います。ただ、ここでいい加減な事をやるととんでもないことになりますから、集中力を持って、やって欲しいですね。

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10月9日 ノーベル賞に夢はあるでしょうか。

ここ2日間で4人のノーベル賞学者がでました。活気のないと思われる日本にとっては大きなニュースですが、ただ、だからといって日本人に夢ができたわけでもないような気がします。私たちが子供のころは、なんといえばいいのか分りませんが、漠然と将来は明るく感じていたように思います。ちょうど娯楽が充実し始めたころというのもありますが、バブルまでは、日本はそういった空気に包まれていました。しかし、それ以降となると、日本の社会からは問題が噴出す一方で、明るい未来を感じるというよりは、行き先が不透明で不安をかきたてられる時代になったといっていいと思います。今では、普通になったフリーターも、もともとは、父親の世代のようには生きたくない若者の、メッセージだったといってもいいのかもしれません。しかし、それがここまで社会に不安がはびこると、彼らにつきつけられるのは、予想をはるかに越えた現実でしかなく、生活とは、楽でないことを悟るだけだったといっていいと思います。それに、フリーターの存在は、日本の格差拡大に貢献もしてしまいました。格差は社会が彼らに押し付けたのではなく、彼らが自らそちらへ進んでいったのです。結果的には、それが多くの人を巻き込み、今の格差に繋がったのだと思います。しかし、これが問題だといったところで、海外との賃金格差を考えれば、日本の企業が生き残る道は、それを歓迎することでしかありませんでした。それにより、なんとか日本の企業も生き残れるところは生き残れたのだと思います。雇用や賃金の問題は、グローバル化の影響であるというのは常識ですから、それを小泉改革の責任とするのは、無理があります。今ある日本の社会は、低賃金社会で、福祉が充実しているともいえません。もちろん、消費税をほとんど取っていないわけですから、それは当然です。ここで私たちが選択しなくてはいけないのは、やはり消費税をどれだけ取るのかです。ドイツは、19%に上げたといっていましたが、もしそれが本当なのだとしたら、やはりドイツは、高福祉の社会を目指しているということでしょうか。アメリカですら、消費税は、10%取っていますから、日本も最低それぐらいはとらなくてはいけないと思いますが、日本の社会がどういった社会を目指すのかによって、それ以上も考えなくてはいけません。私は、高福祉の社会など実現できるものではないと思うので、消費税は、できるだけ安く設定するべきだと思いますが、それでも、日本の社会の実情を考えると、15%は取らなくてはいけないと思います。10%というのは、どう考えても甘い見積もりだと思います。その辺を早めに、ドイツは解消しようとしているだけかもしれません。これは遅ければ遅いほど、後の時代に大きな付けを回すことになるので、早めに対策を打つべきですが、今の日本の景気ではそれは難しいですね。しかし、これがここまで放って置かれた最大の原因は、メディアです。とにかく、メディアは消費税には、ずっと反対してきました。もし、かなり早い段階で、10%を取っていれば、借金もここまでにはならなかったかもしれません。ただ、その後の、バブルの崩壊で、消費税どころではなくなってしまい、放り出されたままになってしまいました。では、どこであげるべきだったのでしょうか。そういった議論も日本ではなされていません。橋本さんの時に5%に上げましたが、あの時も結果は悪いほうに出ました。財政の均衡を念頭に自民党も置き始めたころでした。となると、やはり小泉さんの時に上げるべきだったということでしょうね。ただ、小泉さんの信条のようなもので、増税をすると必ず選挙で負けるからそれはしないという決断でした。決断というより、そんなのは最初から知らん顔だったといっていいと思います。しかし、今から思えば株価も上がり、デフレも落ち着いた小泉さんのとき以外、やるべき時があったようには思いません。小泉改革の、功罪の話がありますが、消費税を上げなかったことが最も、罪の部分であったのかもしれません。地方経済もずたずたになりましたが、やるべきことももう少しあったという事でしょうね。ただ、消費税を上げても、日本の社会が復活するわけでもなく、やはり、私たちが何を社会に望んでいるのかというようなことを、現実に反映する事でしかこの問題は解決しません。そこの議論を時間をかけてするしかないのだと思います。森永さんの本で、年収300万円時代を生き抜く経済学という本がありますが、結局はそういうところにいきつくのかもしれません。誰もが出世できるわけではないわけで、仕事にどれだけの価値を与えたとしても、多くの人が満足できるものではないのです。となると、そこからはずれた価値観で生きることというのが、思ったよりも大切なのだと思います。とにかく、生活ができれば楽しいことはあります。CSで映画三昧になったところで、月わずか千円ぐらいでしょう。まあこれはものにもよりますが、それ以外のものでも2千円を超えるものはほとんどないと思います。CSは映画だけでなく、野球やサッカーもやっています。巨人の試合が見たければ、G+で毎月千円で見ることができます。これはニュースもやっています。古いドラマが見たければ、フジテレビやTBSのチャンネルで何百円かで見られます。テレビもかなりのものが、デジタルテレビに移行しているので、BSデジタルも見れることを考えると、テレビの多チャンネル化は、有料チャンネルだけで起きていることではないのです。インターネットでマージャンをすることもできますし、競馬をすることもできます。マージャンも欠けなければ面白くないというのなら、法律の改正でそれも可能になるはずです。ただ、僅かな掛け金になるとは思いますが、パチンコなどとの兼ね合いもあるかもしれませんね。それ以外にも、これから多くの人間を楽しませる娯楽は、出てくるものと思われます。そこに、人間の哲学のようなものを吹き込めるかどうかです。それができれば、日本の社会を私たちが住みやすく、実りのあるものへ変化できると考えるしかありませんね。ノーベル賞に夢を持てるかどうかは分りませんが、日本の社会がまだまだこれからやれるということだけは、感じさせてくれました。基礎的研究というのがクローズアップされましたが、今はそこがないがしろにされている時代かもしれません。応用研究のほうにシフトしてしまっているんでしょうか。ある意味、そこが日本のいきずまり感の原因なのでしょうか。それが文系のほうに伝染しているのかもしれません。

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10月8日 今日もノーベル賞を日本人学者がもらいました。

今日も、下村脩さんという方がノーベル賞をもらいました。緑色蛍光たんぱく質を発見したそうです。これは今の生命科学には、必要不可欠なものだそうですね。たんぱく質は、単独では光らないのが常識だったのを、覆す発見だったとかいてあります。この発見で、細胞内のたんぱく質の活動を観察できるようになったそうです。これは、よくテレビの実験とかでも、私たちが見るものなのではないでしょうか。それにしても、日本人学者が今日もというのは、やはり日本人学者の発見や研究の見落としを拾うということをしているとしか思えませんね。一年で、これだけの学者がノーベル賞をもらうというのは、今までの日本の受賞歴からいっても、異常であるとしかいいようがないと思います。これは来年も見てみないと分りませんが、来年も受賞者が出るようだと、かなり力をいれてやっているということになるんじゃないでしょうか。しかし、この人は欲のない方で、韓国人のようにぎすぎすしていませんね。田中さんとかもそうでしたが、狙って、もらえるものでもないのだと思います。しかし、今回の受賞でも、名古屋大学という名前が出てきました。前にも、野依さんでしたか、名古屋大学の人がもらっていますね。名古屋というと、今は経済が悪くなっていしまって、好景気だとはいえないかもしれませんが、それでもつい最近までは、日本で景気がいいのは名古屋だけなのではないかというくらいよかったですね。名古屋は、古くから日本の歴史でも重要な都市でした。だからこそ、伊勢神宮があるのだと思います。尾張氏というのは、皇族との関係が深くありました。伊勢神宮ができたのも、それと無縁ではないでしょう。ただ、実際名古屋があそこまでになるきっかけというのは、織田信長になると思います。そこに御三家ができたわけですが、尾張藩は結局は、将軍を出せないまま、明治維新を迎えましたね。ただ、そのかなで個性を発揮した人物がいます。徳川宗春です。かれは、遊興にふけるような人物だったと悪くいわれることもありますが、しかし、それでも今の名古屋の繁栄のもとを築いたといっても間違っているとは思いません。徳川吉宗に歯向かったことや遊郭や芝居小屋を名古屋につくったのを、快く思わない家臣も多くいたのもあって、結局は、幽閉されることになりましたが、彼がいたからこそ、名古屋の繁栄はあるといっていいと思います。彼の存在がある意味尾張藩の政治生命を絶ったのかもしれませんが、ただそれによって、名古屋が今のようになったのも事実です。宗春は、質素倹約と規制の強化に反対しましたが、これは今の時代だったら、必ずしも間違ってはいないと思います。ただ吉宗の改革はある程度は成功を収めているのも事実で、吉宗が一方的に悪いとは私も思いません。将軍に、御三家が従がわなかったら、秩序を重んじる幕府も成り立ちません。ただ、彼は、おかしなことをした人物であるというよりは、私は、政策に違いがあっただけなのだと思います。それでも、表現の仕方が行き過ぎたのでしょうね。その後の名古屋の発展というのを私は詳しくは知りません。おそらく、東海道線でも、東京と大阪の中間という位置どりもあって、人口が増えたのだと思います。人口的には、大阪や横浜と比べてもそれほど遜色はないはずです。しかし、繁栄ということに限れば、大阪などは、東京と同じ江戸時代から続いていますから、ある部分エネルギーを使い果たしてしまったとも考えられるかもしれません。文明というのは、何百年、何千年周期で繁栄を繰り返していきます。ローマもそうですが、永遠に続く繁栄などありえないのです。そういった視点に立てば、大阪や東京に力がなくなってきているのは、ある意味必然です。しかし、今の日本は、その東京や大阪に引っ張ってもらわないとうまく行かないようなシステムになっています。もちろん、これを地方分権で変えていかなくては行けないわけですが、そこが進まないのが今の日本ですね。その中で、名古屋というのは、新たな東京や大阪になれるだけの存在である可能性もあります。私は、福岡などもそういった可能性があると思いますが、そういった個性をどうやって出せるようにするのかが日本の課題です。もちろん、前にも書きましたが、一極集中の解消というのは、ただ単に、権限の委譲をすればいいというものではなく、情報そのものの流れをかえることが最も重要です。これは、東京のキー局の解消の話になります。1つの箱で、日本中のテレビ局の放送を観ることが出きるようになれば、その中からいくつか情報の発信地になるような都市が現れてきます。私は、そうなった時こそ、地方分権は成功するのではないかと思います。その時には、さっき言った、名古屋や福岡などが存在感を示してくるでしょうね。それと、これに関しては、大阪なども勝ち組みになる最大の好機になると思います。大阪は、歳出削減をかなり積極的にしましたが、あんなのは、いいことは何もありません。必要以上の引き締めは、その地域を殺すだけです。そこまでして、財政を何とかする必要などないのです。そもそも本当に能力のある政治家がいるのなら、大阪の借金なんか国に押しつければいいのです。そんなことに、橋下は時間を使うなら、キー局の解消でも訴えればいいと思います。こんなのは困るのは、キー局だけです。やる気のない地方のテレビ局でも困るところは出てくるかもしれませんが、そんなのはやり方次第なのです。私は、大阪の行く末は、最も関心があって、あれだけの歳出削減をした結果というのが、どうでるのでしょうか。道州制の話を橋下はしていますが、それはあまり意味がありません。道州制を取り入れて効果が著しくあるのは、九州とか四国のようなところだと思います。もちろん、いずれは道州制というのは導入すべきだと私も思いますが、それによって何かが解決できるとはあまり思わないほうがいいと思います。

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10月7日 緒方拳が亡くなりました。それと、日本人が3人ノーベル賞を取りました。

いろいろニュースがありました。日本人がノーベル賞をこれだけもらうというのは、どういうことでしょう。もう出すところがなくなったんでしょうか。というより、見落とされていた日本人の研究者にノーベル賞が与えられているように思います。こういうことは、これからもあるかもしれませんね。どこかで、日本人学者の評価が低いのは、アピールをきちんとしていないからだというのを、見たような気がします。私達には、日本の研究者のレベルがどの程度なのか分らないので、こういった報道があると驚きますが、かなりの分野で、世界レベルであるということなんでしょうね。経済学者や政治評論家の話を聞くと、とてもそうは思えませんが、日本の技術というのは、戦前から高く評価できるものはあります。文学などもそうだと思います。ただ、文系の分野があまりにも弱すぎるんでしょうね。日本の社会に対する評価が低いのはそのあたりにあるような気がします。もともと、こういった分野は、日本の場合、ほとんどが、欧米からの輸入に頼っていたものです。ノーベル賞というのは、一見文系とはあまり関係ないように見えても、もともと研究に優劣をつけるのが難しいこともあり、かなりの部分社会の成熟度で判断されてしまうところがあるのだと思います。そういったところで、日本人の研究者が見落とされてきたというのがあったので、その再評価をしていると考えることもできるかもしれません。ただ、私は日本人ですが、日本人がノーベル賞を取ったからといって、それほどうれしい感情もありませんね。昔だったら、日本も大騒ぎだったと思いますが、そういった意味では、ナショナリズムというのもかなり変化しているということだと思います。ただ、これは韓国人をかなり刺激するのではないでしょうか。また、なぜ韓国人がノーベル賞をもらえないのかという話で、韓国は盛り上がるでしょうね。その時に、それは韓国人だからだ、ともいいずらいですね。韓国人の場合は、実力の問題でしょうね。ある地点を超えないと、こういった研究で評価されるのは難しいはずで、韓国の場合、社会が成熟したのは、つい最近ですから、そもそもノーベル賞学者などは、後進国から生まれるものではなく、先進国から生まれるものですから、評価される人物出てくるとしたらこれからのはずです。ただ、賞をもらうまでには、かなりの時間がかかるので、なかなかそれだけの研究をしても、時差のようなものがあるので、後20年ぐらいしたらどんどん出てくるかもしれません。しかし、こういった賞というものは、独創性を持った人にしか送られませんから、人が提唱したものを、証明した程度では、貰えないはずですから、そういった研究をきちんとしているかどうかですよね。人と同じ事をやっていたら、かなりその分野で抜きん出ていないと、難しいはずです。それよりも、今まで他人が考えたこともなかったところで何かを生み出す力を試されているんでしょうね。ノーベル賞を欲しがれば、欲しがるほど他人と同じ研究で結果を残そうとしてしまうんだとしたら、それでノーベル賞をもらうのは、本当に難しいと思います。誰もが引きつけられる研究であればあるほど、他を圧倒しなくてはいけないというのがあるはずです。だから、ノーベル賞を欲しがれば欲しがるほど、結果的にはそこから遠ざかることになるのかもしれません。もし、韓国人から、ノーベル賞学者が出るとしたら、意外と、そういったことにこだわっていなかった人物なのでしょうね。私には、どうでもいい話ですが、どうせ明日の韓国のWEB版の新聞を見れば、この話でいっぱいだと思います。日本人が3人もノーベル賞を受賞。なぜ韓国人は、もらえないのか。といったあたりでしょうね。アピールが足りないからだといった話になるのかもしれません。それと、緒方さんが亡くなりましたが、これからドラマが始まるのに、少し無責任だなと思いましたが、しかし、それも緒方さんなら最後だからしょうがないかと思っていたら、なんと、収録が、9月30日で終わっていたそうです。となると、その後僅か一週間で亡くなったことになりますね。しかしそれを聞いた途端、恐ろしい往生であるなと思いました。これ以上のプロはいないんじゃないでしょうか。すべてが終わった途端に往生するというのは、魂のなせる技だなと思いました。ただ、作品というと私は、何も思い浮かびません。ボケベルがどうとかこうとか、後はブラックジャックによろしくに出てたぐらいです。すいません。しかし、これで倉本総のドラマの視聴率は上がるんでしょうね。最後だとかいっていましたが、そうなるとまた、やるかもしれませんね。意外とこういう人はしぶといかもしれません。

さっきニュース23で、立花隆が遅すぎる受賞の理由を証明がされなかったからだといっていました。そのために、国を上げて学園都市に施設を作って、それを証明しようとしたということです。それで認められたといっていましたね。ただ、これは以前から優先順位の高い研究であるという評価は受けていたようです。日本は、粒子力学ではかなりのレベルにあるそうです。それは、湯川秀樹の存在が大きかったようです。湯川秀樹は、それ以前の物理学の常識を覆したといっていますね。恩恵をもたらす人物というのは、いるということでしょう。

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10月6日 株価と原油の価格が落ちています。

株価が落ちていますね。アメリカの株価は、実はそんなに落ちていないという話です。ということは、これから落ちる可能性が高いということでしょうね。そうなると大変なことになるのではないでしょうか。株価が下がるということは、サブプライムと同じ問題がさらに巨大になって襲ってくるということだと考えていいと思います。なぜアメリカの株価が落ちていないのかは、そうなったらアメリカ経済が悪くなるからでしかないと思います。彼らは政治的に動くので、そのためと考えていいと思います。しかし、ここまでくるとさすがに、それも難しくなってきたということでしょう。原油まで落ちているとなると、保身に走る人もかなりできているのではないでしょうか。その内また、投資する機会はあるよということかもしれません。ある程度落ち着いた時に、つぎ込めるだけつぎ込もうというのは、この段階では正しい判断です。信用取引があっても、結局は、株価が落ちるということは、おそろしい資産の喪失を招くことになります。この雰囲気では、間違いなくサブプライムの問題だけではすみませんね。実体経済への影響がどうとかいっていますが、それもかなりの規模になるのは想像がつきます。もうそういうシナリオに向かって進んでいるといっていいでしょうね。もし、窮地をうまく脱出することができるとすれば、株価が思ったよりも、緩やかに落ちていくこと以外ないのではないかと思います。急激に落ちるということは、急激な資産の喪失であるわけですから、それも、レバレッジで何倍、何十倍の資金に膨れ上がったものを投資しているので、その額は半端ではないはずです。特に、株価となると、401kかなんか知りませんが、アメリカでは、年金をかなり投資しているはずです。そういったものへの影響もかなり出てくるはずです。そうなったら、アメリカ人は騒ぐでしょうね。もちろん、そんなことになったら、日本などへの影響も、かなりあるはずで、私たちもこんなふうには他人事のようには、書いていられないと思います。しかし、日本では株価が落ちていることだけが問題になっている感じです。それほど深刻な感じではありません。普段だったら、たいしたことがなくても騒ぐのが日本人ですが、ここまでいろいろ起きると、麻痺してしまうのかもしれません。ただ、ここ何日かで、多くの人がとにかく景気対策はこれでいいのかという話をしています。これには、マスコミは、かなり消極的だったので、ニュースを見てもそれほど大きくは取り上げていませんが、討論番組やワイドショーでもかなりそれを容認するような姿勢に変ってきています。ただ、マスコミの話では、それほど中身に期待できるとは思いません。建設国債を発行するのかどうかという議論もありましたよね。これの中身はどういうものなんでしょうか。今までと同じような公共事業をするというのなら、そんなことはやめて、地方の公共事業を減らさないことを宣言すべきです。これは、前から言っていますが、地方では常に財政面で、縮小圧力を受けています。それが、地方にどれだけ負担なのかが本当に分っているのでしょうか。景気が悪くなってから罪滅ぼしのように、公共事業を増やすというのは、明らかに間違った手の打ち方です。それも、前から書いている、借金の押しつけと同じです。もちろん、先を読む力がないために、借金をどんどんいろいろなところに押しつけるしかなくなるのですが、そうなる前に手をうつべきなのです。アメリカでは、日本は、金融で手をうつことができなかったのでバブルを長引かせたといっているようですが、それだけでなく、公共事業の投資の仕方の間違いも指摘しているようです。金融の力がないのは分ります。そのあたりは、アメリカの真似がほとんどといっていいと思います。というより、その真似をするのにもかなりの時間をかけてしまいました。ただ、それはそれで日本人が独自に解決しようとした結果であるともいえますから、最後には、アメリカ人のまねをするしかなかったとしても、間違っていたとは思いません。日本人が独自に考えようとしたが、市場のあり方は、日本人が決めているのではなく、アメリカ人が決めてきたわけですから、その対応策も彼らを見習うしかなかったのは当然ともいえます。しかし、それでも、戦前の日本に比べると、自分たちのやり方で問題を解決できなくなっているのは確かです。日本は、ある意味、世界恐慌の時は世界に先駆けて、公共投資を行ったのではないでしょうか。それは、財政が悪化していく中で財政の均衡をはかるのではなくて、財政で景気をたて直すというやり方ですから、他の国では、ためらいがあってもおかしくありません。それと、あの時代は、金融も金本位制などが確立していく中での経験の蓄積があったように思います。そういったなかで独自の判断が財政だけでなく、金融でもできていたのだと思います。それに比べると今はというのは感じますね。ただ、逆にその立ち遅れが、欧米と比べて損失が少ない状況を作ったともいえるかもしれません。しかし、これはリスクのあるところに手を出せなかった結果でしかないと思います。金融で打って出るべきであるのは間違いありませんから、打って出るべきですが、その戦略が間違っていると思います。そこをどうするかですね。独自に哲学を持つことです。どうやって儲けるのかをです。今までの、アメリカのモデルに振りまわされるのではなくというなら、私は、世界中で融資業務で儲けるべきだと思います。金融商品には目もくれないでです。それが一番間違っていない方法だと思います。彼らがやってきたビジネスモデルは、結局はほころびだけが目立つことになりました。しかし、そこに同じやり方で入りこもうとするのは明らかに間違っていると思います。レバレッジの解消は少なくても表面的には進んでいくはずです。ただ、勘違いしてはいけないのは、それを簡単に放棄するような連中ではないということです。世界の市場にはばかろうとするのに、もっとも効果的であるのは分りきっています。とにかく、そのあたりの態度を見つめるのは大切ですね。公共事業に対するアメリカの主張は、全くもって正しいとしかいいようがありません。無駄なところに投資していますね。回収する意思があるようには思いません。工事を増やして、それが景気対策になるという考えがおかしいというのは、同感です。ぜひ、高速道路の無料化を。

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10月3日 日本のシステム

最近、世界中でいろいろなことがおきていて思うことは、グローバルなシステムというのは、ほとんどが、アメリカやヨーロッパがつくるもので、彼らは理論武装をして、システムを構築していくわけですが、もちろんそこには、日本人のアプローチはほとんどなく、多くの場合、そのシステムを受け入れるだけというのが、日本の現状です。しかし、本当にそれでいいのかという疑問は、最近私の中で大きくなってきています。ただ、だからといって彼らと同じ土俵で、自分の取り分をきちんと主張すべきなのだといっているわけではありません。それよりも、日本はこういった不慣れなシステムをただ受け入れるよりも、自分たちの歴史から見出されるものを最大限活用して、彼らとすべてを同一にするのではなく、違いも出していったほうがいいのではないのかということです。もちろん、そのなかにはどうしても、世界と同一のルールをもたなくてはいけないところもあると思います。今現在問題になっている、経済の問題もある意味そういったものであるかもしれません。しかし、その経済の分野でさえも、違いを出すことは可能だと思います。私は、昨日も書きましたが、極端ではありますが、日本だけ株の先物取引を止めたってかまわないと思います。もしくは、その規制を強化して、何倍、何十倍という取引をできなくしてもいいと思います。私は株をやらないので、それで市場の魅力が維持できるかどうかは分りませんが、しかし、デイトレードやFXなどでも十分、その魅力はあるのではないかと思います。それに、何倍、何十倍という資金の使い方ができるというのは、結局は外人に市場を支配されてしまう、原因にもなっていると思います。私は、これは何度も今までも書きましたが、いいように、市場を扱われていると考えています。なかなか日本の株が上がらないのも、その影響であると思います。景気がいいとはいわれていましたが、結局株はほとんど値上がりがありませんでしたね。その解消が、先物に対する規制で、可能であるなら、私はすべきだと思います。それにより、どこまで日本の市場の価値が下がるのかは分りませんが、それはやってみないと分らないと思います。そう考えるのなら、今回の問題が、アメリカの株の値下がりまで広がり、株式市場のあり方が疑問視されるようになれば、日本もそういったことができやすくなるのではないでしょうか。アメリカは、まだまだそれほど深刻ではないと私は思います。株が下がった時に、とにかく収拾がつかなくなる状態になるのではないでしょうか。今回の問題と株の下落は、たいして変わらない現象を作るはずです。もちろん、そうなれば、日本の景気に対する影響も大きくなるわけですから、単純にそれを喜べるわけではありませんが、しかし、こういったシステムに振りまわされるのなら、かえってそれがヘッジファンドの規制に繋がり、日本の市場で独自に、更なる規制をかけたとしても、世界から特別非難されることもないと思います。もちろん、これが日本独自のシステムだというつもりはありませんが、しかし、こういったやり方のほうが日本にはあっていると思います。必要のないリスクを、市場に参加する以上は負わなくてはいけないわけですが、日本の市場はそのなかでも、リスクの小さな市場であるという特徴を出してもかまわないと思います。横並びにしないと、いけないというきまりはないですよね。もしあるのだとしたら、それもできないかもしれませんが、もしそうだとしても、ルールは人間が作るものですから、ルールを変えさせればいいだけです。そんなのは、欧米人は、普通にやっていることです。ルールを守る側になってしまっているので、日本人は、世界と同一歩調を取った中での、倫理を重視していますが、しかし、そんなのは、ルールを作る側に参加できない、日本の力不足からきている問題であると思います。このあたりは、マスコミの顕著な問題といってもいいかもしれませんね。そもそも、日本人にはアイディアがないので、ルールを守る側として、正しい倫理感をもとうと国民を洗脳しているかのようです。しかし、それは問題ですね。それよりも、やはり日本人が少なくても、自分が住んでいる社会ぐらいは、自分がやりやすいように、世界との差別化をはかるほうがいいのだと思います。それと、他には、家系でビジネスをするというのも考えようによっては、アジア人には向いているのかもしれません。もちろん、こういったことは、日本人よりも中国人のほうが歴史を持っていますが、それでも、白人に比べれば、日本も代々家系を重視してきた社会です。もしかしたら、そういったことも向いているかもしれません。つい最近までは、私はこんなことは考えなかったのですが、しかし、ここにきて起こっていることを見ると、考え直すことも必要なのかと思い始めているのです。その他には、日本は、院政などの時代もありましたが、だいたい武家社会は、合議制でしたね。江戸時代もそうでしたが、明治時代の、元老などもそれに当たるかもしれません。今のシステムに合議制をどう持ちこむのかは、議論があると思いますが、議会制も合議制だといえばいえなくもないですが、しかし、人数が違いますね。ごく僅かな幹部による合議制がほとんどでした。それでも、こういったものを取り入れることが出きるのなら、取り入れていくことを考えてもいいのかもしれません。ある意味ばかげている部分もありますが、相手に合わせるだけでは、日本の強みが発揮できるとは思いません。日本人の強みを、日本の社会の経験から導き出すことを考えるのも、間違ってはいないのではないのでしょうか。

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10月2日 民主党の外交方針

昨日の、小沢さんの代表質問で、外交の話があったと思いますが、いまだに国連中心主義を持ち出すのはどうかなとも思いますが、しかし、民主党まで、日米同盟重視を主張するのは、ある意味愚かだともいえますから、間違った主張だとは思いません。もちろん、それはあくまで、日本が外交を自主性をもってしようとするのならということです。アメリカのほうも、与党と野党から日米同盟、日米同盟重視といわれたら、日本の主体性のなさを見ぬいて、いいように扱われかねないというのはあります。しかし、片方が日米同盟重視で、片方が日米同盟を堅持した上での、国連中心主義というのなら、それなりにうまく付き合っていこうではないかと向こうも考えるでしょうね。それほど、大きく出ているわけでもありませんから、日本の考えも多少は聞いてくれるかもしれません。大体、歴史的に見ると、保守が親米で、革新が反米というのは、日本だけではなく、世界的に見ても共通しています。ヨーロッパの場合は、政権も変わるわけですから、アメリカとの関係も、それによって多少変化を見せるのは普通だと思います。日本の場合は、今まで政権交代がなかったので、アメリカから見たら、いつまで経ってもかわらない国で、政治的には特別注目すべき相手でもなかったのだと思います。重要な同盟関係という言葉は、常にアメリカ人の言葉から出てきますが、しかし、それは私たちから見てもとうていそうとは思えない関係であったといっていいと思います。しかし、これから日本は、政権交代も起きて、どう私たちは付き合うべきかというのは、アメリカ人も少しは考え始めているでしょうから、そのなかでの、小沢民主党の主張というのは、アメリカの側から見ても、至極当然のことであるというか、主張としては、今まで通り付き合える相手であると考えるのではないでしょうか。そのあたりは、小沢さんの経験というか、大国との付き合い方を知っているということなのでしょうね。しかし、だからといって、日米同盟をどうかんがえるのか、アジアとの関係をどう考えるのかは、やはり真剣に考えなくてはいけないと思います。どういった枠組みが、日本にとって、最もふさわしいのかは、それとは別に日本人は議論すべきなのではないでしょうか。実際の外交は、アメリカに擦り寄るのか、中国に擦り寄るのか、アジアの枠組みを重視するのかの、3つでしょう。もちろん、私は、アジアの枠組みを重視すべきだというのが持論なので、今までの外交からは離れるべきだと思いますが、しかし、その場合でも、アメリカとの関わりであったり、中国との関わりであったりというのは、考えなくてはいけないですね。私は、外交というのは、選択肢をいくつ持てるのかというのが重要だと思います。ですから、選択肢を今は揃える段階なのではないでしょうか。後は、成り行きというのはあるとは思います。思惑も大切ですが、成り行きというのも重要なのです。無理して成立したものが、どこまで続くのかというのはわかりません。もちろん、きちんと先を読んで、落ち着き先にうまくことを運ぶというのは大切ですが、なかなかそれを実行するのも、だいたい普通の外交相手というのは、日本人以上にハードな交渉ができる場合が多いと思うので、自然とことが運べるものを選択するのが妥当だと思います。私が妥当だと思う外交というのは、安倍さんがしていた外交です。日本、アメリカ、オーストラリア、インドの関係の重視が、最も日本にはリスクが少なく、誰でも出きる外交というといいすぎですが、日本が自主的に動かない場合、選択すべき外交なのではないかと思います。もちろん、日本が自らリスクを犯して動くというなら、また中国を巻き込んだ外交もいいとはおみますが、少なくとも今それをすべきだとは思いませんね。ただ、リスクを犯す場合にも、インドやオーストラリアを含んでおくというのは、自分の身の置き所を考えた上でも、重要だと思います。とにかく、なぜ中国との関係改善を重視したのかは私には分りません。そもそも外交が分らない連中のしたことでしかないとは思いますが、中国との関係を見直す場合でも、あくまで、インドやオーストラリアを含んだ上で、アジア連盟みたいなものを想定しないといけないと思います。しかし、福田さんの外交は、安倍さんの外交からの方向転換で、アジアを介した上での、関係改善ではなかったと思います。とにかく、これは難しい外交なんですよね。交渉自体ハードだというのもありますが、日本自身の存在感自体を自ら消してしまう外交でもあると思います。日本がそう出るなら、アメリカは、直接中国と話をすればいいと考えるだけではないでしょうか。それ以降の、外交の展開を持たなければ、痛い目に合うのは、結局は日本になってしまうと思います。もちろん、そうなれば、外交自体が難しくなるだけでなく、日本の存在感まで消えてしまうことになることもありうると思います。私は、民主党の主張そのものは、間違っていないと思うので、民主党は、国連中心とかアジア重視とかいっていればいいと思いますが、しかし、本質はそこにはありません。その議論は、その議論で、私たちがきちんとしていくべきなんだと思います。

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10月1日 一年間で2000兆円が失われたそうです。

今日、親戚の会社が倒産したというのを聞いて、なにもできない自分が情けなくなります。顔が思い浮かぶのですが、やるせないだけです。しかし、仕事があるのに倒産する会社もあるというのは、それだけ経済の中身が悪いということなのでしょうね。昨日の続きになりますが、ちょっとインターネット調べると、ヨーロッパの銀行も、業務内容は、投資銀行のようなものであるようですね。ヨーロッパは、常にアメリカのヘッジファンドを批判して、その規制の話ばかりしていますが、実は彼らもヘッジファンドとたいして変わりのない業務をしていたといっても間違いではないのかもしれません。アメリカほどではないにしても、日本から見たら、さほど変わりなく見えます。それも、利益は投資銀行の業務のほうで多く出していたようですから、ヨーロッパもアメリカも同じだったといっていいのだと思います。しかし、気になるのがやはり世界経済の動向です。これは、私は昨日書きましたが、株価がすべてなのではないでしょうか。アメリカの株価が下がるようだと、今回と同じ問題が、更にその規模を拡大して世界を覆うのは、間違いないと思います。日本の銀行や証券会社がアメリカの銀行に出資したり、買ったりしていますが、これもいいのかどうか分りませんね。日本にとってはチャンスだという話もありますが、確かに野村ホールディングスのように、リーマンのインフラそのものを買い取るのはいいと思いますが、出資も、どういった意味での出資なのかにもよるんじゃないでしょうか。ただ、深く足を踏み込むだけで、結局追い出されてしまうのでは、あまり意味があるとも思いません。日本の場合は、野村のようにインフラを買っていくやり方がいちばんいいんじゃないでしょうか。やり取りで時間を無駄に使うより、倒産したか、倒産寸前で、インフラだけ買えるようなものだと、自分たちの思惑で、物事も進んでいきます。そういったものはこれからもどんどん出てくるのではないでしょうか。ただこの問題は、更に多きくなるおそれはありますから、そのあたりを見誤るのは致命的になりますが、しかし、株価が維持されれば、これ以上は大きな問題にはならず、日本が打ってでる機会であるというのも間違ってはいないかもしれません。世界経済は、ここを乗り切れば成長軌道にまた戻るはずです。そうなった時に、日本の銀行が打って出るというのは必要なことでもあると思います。しかし、状況を誤れば、自らがとんでもない不況にどっぷり足を突っ込むことにもなりかねませんから、危機管理ができるかどうかを問われてもいると思います。それにしても、ここ一年で世界の株式市場が失った、損失は、2000兆円だそうですね。3分の1が失われたそうです。しかし、日本の場合は、株価が最も落ちた時で、最高値をつけた時の5分の1ですから、株価が落ち始めれば、とことん落ちてもおかしくはありません。更に、3分の1が失われることも、これからの流れ次第ではあるのではないでしょうか。そうなったときは、アメリカ経済は、日本が経験したバブル並みの不景気を味わうことになるのではないでしょうか。アメリカでは、日本は金融がなにもしなかったために、バブルを長引かせたといっているようですが、果たして、金融が何かをすれば、すべての問題が解決するかどうかは分りませんね。それよりも、恐ろしい市場を作ってしまったわけですが、それを改善できるかどうかの問題なのだと思います。そこを改善できなければ、いつまでたっても、この問題は解決したことにはならないと思います。恐らく、金融商品のあり方よりも、何倍にも何十倍にも、資金を運用できるシステムに問題があるのだと思います。それと、私は投資をやらないので、ここでいうのは気が引けますが、株価が下がったら、儲かるという取引はどうなんでしょうか。現物の商品がある場合は、それは分ります。安く仕入れて、高く売るのが基本ですから、取引としては妥当だと思います。しかし、株でそれをするというのは、本来の意図から離れているような気がして、意味がよく分りません。もちろんそれで、ヘッジを効かせるということなのかもしれませんが、そんな取引は株にどれだけ必要なのでしょうか。それをやればやるほど、実体経済をも無視することになるはずです。勝手に株価は操られ、儲けの対象にされるだけでなく、政治的にそれが動くとなると、納得できない部分は、かなりあります。結局、すべての問題の根源というのは、株価に対する先物取引(信用取引きも含めて)のような気がします。しかし、これを解決する方法はあるのでしょうか。私のように、投資をしない人間では、考えるのも難しい問題ですが、こういった事をどうするのかという議論をするのが、日本人には欠けているのではないでしょうか。完全なシステムはないのかもしれません。しかし、これだけの問題が起きているわけですから、あるべき姿がなんなのかは、追求すべきだと思います。日本の市場だけでも、世界とは違うルールでやったってかまわないと思いますね。それが優れているなら、世界のスタンダードになるし、そうでないなら、日本は、また世界のスタンダードに従えばいいだけだと思います。

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9月30日 緊急経済安定化法案をアメリカ下院が否決したそうです。

なんでアメリカで、公的資金投入ができないのかは、私らにはさっぱり分りません。日本だったら、同じような反応は、間違いなくあると思いますが、それがアメリカでもあるというのは、どこの国でもこういった感情というのは同じなのだなと思いました。なんかテレビでの話を聞いていると、金持ちの遊びに税金を使うことに反対しているようですね。国民感情としては、正しいと思いますが、やはりそれでも、公的資金は入れないと、世界中が困るわけですから、その辺を考えると、ある意味日本人よりもわがままな感じもします。世界中が迷惑するといわれたら、日本人はそんなことにならないようにと考えるでしょうね。それでも、彼らはいやだというわけですから、日本人とはやはり違います。しかし、それにしても本当に大事になってきたなという感じがします。ヨーロッパでも、銀行救済の動きは止まりません。今日も、フランスの大手に公的資金が投入されるとう話を読みました。アイルランドでは、2年間預金を全額補償するそうです。しかし、驚くのは日本では、この問題は、あまり大きな損害が出ていないということですね。もちろん、株価が下がったり円高になったりという影響は出ていますが、それでもアメリカやヨーロッパに比べたら、銀行に公的資金を入れるという話は、みじんもないですから、日本の銀行や証券会社は、自分たちを知っているというか、リスク管理が下手なので、そこには手をほとんど出さなかったんでしょうね。それと私は、こういった問題は詳しくないので、正しいかどうか分りませんが、銀行は株の持合の解消を進めましたが、そういった関係で、あまり金融商品などには見向きもしなかったというのもあるんでしょうか。株価が下がり、自己資本がどんどん目減りして大変な目にあったのは、考えて見ればつい最近のことですから、それ以外の業務に力を注いでいたということなのかなと思います。そもそも、ああいった金融商品というのは、ヘッジを効かせて何倍にも何十倍にも資金が膨れ上がっているわけですから、いったん大きく下がり始めれば、その損失も膨大なものになります。これが今までにないくらいの規模なわけですから、信用で成り立つ金融の世界で信用が成り立たなくなるのも当然です。これは、アメリカの住宅の値段が下げ止まれば、解決する問題ではありません。株価が下がれば、同じ現象は起きるわけですから、どこにどういう商品があって、どうなっているのかも私達には分らないわけですが、それがまた問題になる可能性はあるはずです。とにかく、アメリカの株価が更に下がった時に起きる現象も今回と同じはずで、住宅の値段が下げ止まればという話ですまないと思います。アメリカの株式市場に割安感が出たときに、資金が戻ってくればいいですが、そうならなかったときはもっとひどいことになるはずです。これは、日本の銀行のように、株の持合の解消をしていれば、そんなに大きな問題ではないとは思いますが、しかし、今回のように、金融商品で、アメリカやヨーロッパの銀行が公的資金を必要としているのを見ると、株価が下がっても同じことが起きるようなきがします。もちろん、私には、日本の銀行が何をやっているのかも、アメリカやヨーロッパの銀行が何をやっているのかも分らないわけですが、それでも、金融商品でこれだけの損失を出すということは、株価の下落でも同じ現象は起きるはずです。少なくとも、ヘッジファンドが多額の負債を抱えて倒産ということになれば、また更に、公的資金は必要になるのではないでしょうか。とにかく、私には、これですむようには思いません。もし済むのだとしたら、株価が上がった時だけだと思います。これで株価が上がったら、株とはいったいなんなのかという話にもなります。しかし、株価が上がらなければ、大変なことになります。彼らはそれはしっていると思うので、とにかく株価を上げなくてはと思っているのではないでしょうか。ただ、はたしてこの状況で、株価が維持できるかは疑問があります。もし維持できなかった場合には、それこそ、本当の世界金融破綻が起きてもおかしくありませんね。サブプライムの問題ぐらいでこういう状況なわけですから、更にそこに株価下落が加われば、更なる公的資金の投入が必要になると思います。しかし、公的資金の投入にも限界があるはずです。アメリカは、株価が下がったら本当に酷い状況になるでしょうね。ということは、これはもしかしたら序章に過ぎないということもあるということです。早いところ、銀行や証券会社が業務内容を変えないと、大変なことになるでしょうね。その前に、株価が下がってしまえば、サブプライムどころではなくなるということだと思います。

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